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William Gurleyを読もう

2000年12月11日[BizTech eBusiness]より

 私が、日経産業新聞の連載最終回「ネット学習の奥義を伝授」で強調したかったのは、日本語を読むよりも英語を読むのは時間がかかるのだから、せっかく英語を読むのならば、質の高いものを効率的に読むべし、ということであった。

 そこで、本ホームページでも「私のブックマーク」として改めてご紹介したサイトをお薦めしたわけだが、こうしたサイトの中身も実は玉石混淆である。

 そこで、「まずこれを読んでみたらどうか」というのが、William Gurleyのアーカイブ「Above the Crowd」である。今回の更新で、「私のブックマーク」の中級に追加することにした。1997年10月から現在に至るまでの彼のコラムを、このアーカイブでは全部読む事ができる。一つ一つのコラムは短いし、簡潔で本質的なことしか書いていないという意味で、とてもいいテキストだと思う。

 William Gurleyという人は、たぶんまだ三十代の半ばだと思う。90年代の半ば(つまり彼が30歳そこそこの頃)、CREDITTE SUISSE First Bostonという投資銀行でPC産業及びインターネット産業のアナリストをしていたとき、Bill Gatesが「自分はいつもこのWilliam Gurleyの分析を注目している」と表明した事で、一躍メジャーストリームに躍り出て、Hummer Winblad Venture Partnersというベンチャーキャピタルに引き抜かれた。余談になるが、このHummer Winblad Venture Partnersは、高いリスクを承知でNapsterにコミットしているベンチャーキャピタルである。そして、99年3月には、シリコンバレーでも一流のベンチャーキャピタル、Benchmark Capitalに移籍。現在に至っている。

 彼のアーカイブから、最新の作品を一緒に読んでみることにしよう。タイトルは「A great time for building great companies」。書かれたのは、11月20日である。

 ちょうどこの11月20日、私はThanksgiving休暇で欧州に出かけていたが、仕事仲間の一人から「Extremely relevant」(実に今日的で、我々の問題意識にフィットしている)という短いメッセージと共に、この論文がe-mailで送られてきた。

 『How quickly things change. It seems like just yesterday that every major business periodical was dedicating more and more real estate to the Internet, start-ups, and the wonderful world of venture capital. Dot-com was cool, and the Internet was going to change everything. The press is now focused on dot-com carnage, and what was a giddy glass-half-full world has turned into a race to uncover the most recent bloodshed. The race to write about the "next big thing" has become a search to exploit the "next failed thing."』 で始まるこの文章の書き出しは、昨今のマスメディアの豹変ぶりへの違和感の表明である。

 ポイントは、つい昨日まで、いいことばっかり書いてきたマスメディアが豹変し、"next big thing"(次の大成功ネタ)を書く競争が"next failed thing"(次の大失敗ネタ)を探すことに変化してしまったことを批判している。

 しかし、彼は、ネット産業は今、間違いなく良い方向に進んでいると確信をもって結論づけている。だから「素晴らしい企業を作るのによい時代がやってきた」というタイトルになっている。

 そして、いくつかの大切なポイントを挙げている。要点を一緒に読んでみよう。

(1) Today, start-ups are more focused and more understanding of the need to eventually deliver profits to the bottom line.(今やベンチャーは、最終的に利益を上げる事により理解を示し、よりそのことに集中するようになった)

(2) Truly great companies aren't built by the greedy, but by the passionate. Today's market is a great filter for finding passion-driven entrepreneurs. (真に偉大な企業は、欲によって作られない。情熱によって作られるものだ。現在の市場環境は、情熱によってドライブされた起業家を見つけるのにちょうど良いフィルターなのである。)

(3) Over the past several years, Silicon Valley corporate real estate prices have multiplied. Slowly but surely, these things are "correcting." (ここ数年、事業を展開していく上で必要なもののすべての値段が高騰したが、ゆっくりだが是正の方向に向かっている。)

(4) In many markets, excess capital and excess optimism have led to an excess number of competitors. Savvy companies that adapt quickly and conserve capital may find themselves in a position with few to no competitors--an enviable position.(過剰な資金と過剰な楽観は、多くの市場で過剰な競争を生み出したが、状況変化に迅速に対応し資金を節約した抜け目のない企業群は、気が付いたら、競争者が少なくなった素晴らしいポジションに位置できるという可能性が出てきた)

(5) The abundant returns of the past several years have invited new entrants into the venture capital business at an unprecedented rate. On the whole, this just leads to more companies funded of increasingly lower quality. In addition, economics will drive many back to other professions.(ここ数年、ベンチャーキャピタルが過剰な成功を果たしたおかげで、たくさんの新規参入者がベンチャーキャピタルの世界に入ってきたが、これは「質の低い」より多くのベンチャーに資金が提供されるという事態を招いた。こうした新規参入者は、今後元の職業に戻っていくことになるだろう)

(6) Bird hunters know that it is important to "shoot ahead of the duck" to hit it. Aim at it, and you're late. Venture investments made based on today's latest trend will be late. Ending this lemming behavior will be good for the overall markets. (獲物の一歩先を向けて撃たなければならないことを、猟師はよく知っている。獲物めがけて撃つのではもう遅いのだ。現在の最新動向をもとにしたベンチャー投資はもう遅いのだ。この集団自殺行為が終わりを告げた事は、市場全体にとってとても良い事なのだ)

 この6項目は、シリコンバレーの最前線でベンチャーキャピタリストとして活躍する著者ならではの視点である。上記英文は、彼の文章の中から必要なところを抜粋したものなので、改めて原文に当たって読んでみてほしい。

 仕事仲間の1人が、私にこの文章を送ってきたと書いたが、実は、私たちはここシリコンバレーで、2000年7月に小さなベンチャーキャピタル「パシフィカファンド」を始めた。バブル崩壊後にファンドをスタートした理由は、William Gurleyがこの文章で指摘するように、シリコンバレーの異常な時代が終わり、市場が健全化したからだった。新しい環境で、新しい勝負をしたいと考えたからだった。だから、このファンドのパートナー仲間から「Extremely relevant」という短いメッセージが、この論文に添付されてきたのだった。

 私がこのGurleyの文章をあえてここでご紹介したのは、インターネット上に英語ではあるが無料で公開されているInsight(洞察)を、日本人があまりにも勉強していないと感じることが多いからだ。勉強しないでいい加減なことを言う人が多すぎる。別にこのWilliam Gurleyの文章だけが素晴らしいわけではないし、この文章が完全に正しいと言っているわけではないが、シリコンバレーのフロンティアでは、世界中から集まってきた多くの若い人たちが、勉強に勉強を重ね、新しい知恵を出す競争を行ない、その知恵をもとに会社を作り、それでまた競争し、ということが、バブル崩壊後も、これでもかこれでもかというくらいに行われている。そういう現実を見つめながら、Gurleyのこの文章は書かれている。

 私は、特に、十代、二十代、三十代前半くらいまでの日本人を読者と想定して、この文章を書いた。IT革命はまだ始まったばかりであり、このバブル崩壊という現象から力強く立ち上がれるかは、私たち一人一人の真摯な営みにかかっているのだと、つくづく思うからなのである。

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