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「ニュー・ニュー・シング」を読もう

2000年12月18日[BizTech eBiziness]より

 私は、年に500冊くらい日本から航空便で本を買っている(もし紀伊國屋がきちんと顧客管理をしているとすればだが、間違いなく紀伊國屋書店インターネット書店の重要個人顧客の一人だと思う)。仕方なく仕事の必要から買う本がその3分の1で(こちらは積んでおくだけのものもけっこう多い)、残りの3分の2は文学やエッセイや評論や歴史など、専門領域のコンピューターともシリコンバレーとも経営とも何の関係もない本ばかりだが、そちらの方はだいたいきちんと読んでいる。

 年の瀬に、「今年はどの本がいちばん面白かったかなぁ」と、その年に読んだたくさんの本に思いを馳せるとき、まあ仕事絡みの本が入ったためしはほとんどないのが、去年までの常であった。しかし今年は違った。マイケル・ルイス著「ニュー・ニュー・シング」(日本経済新聞社刊、原題「The New New Thing」)は、この数年に書かれた凡百のシリコンバレー本とは全く異なる「大きな達成」を果たしている。

 あまたのシリコンバレー本が書店に山積する中、食傷気味になっていた日本の読者の中には「ああ、またシリコンバレーの話か」と思ってこの本を手に取らなかった人も多かったのではないかと想像するが、そんな方は、ぜひこの「ニュー・ニュー・シング」を読んでみて欲しい。

 やはり本というものは、(1)書き手の才能と、(2)どれだけの時間をかけてその本がきちんと書かれたか、という二点から価値が定まってくるものだと思う(ケルアックの「路上」のような尖鋭的文学作品における例外は除く)。

 その意味では、80年代後半のウォール街の狂奔を精緻に描いたベストセラー「ライアーズ・ポーカー」(角川書店刊)の著者マイケル・ルイスの才能は依然枯渇していなかったし(彼は私と同じ1960年生まれでまだ若いのだから枯渇してもらっても困るのだが)、出版社は印税の前払い金(アドバンス)を1億円以上(実際には120万ドル)ルイスに支払い、万全の体制が敷かれた。取材対象者でありこの本の主人公であるジム・クラークの人生にここまで深く入り込むことは、生活の心配をしながら別の仕事を同時にこなさざるを得ない環境では無理だったろう。

 ところで同じ時期に、ジム・クラーク自らが著した「起業家ジム・クラーク」(日経BP社刊)という本(原題「Netscape Time」)が出版されている。この本も悪くない。しかしマイケル・ルイスは次のように書く。

「あるとき、クラークは、ネットスケープが経済史に果たした役割を振り返って、その創立のいきさつを書き留めておこうと思い立った。しかしゴーストライターを雇ったところで、もう熱が冷めてしまった。じっと座ったまま、過去の質問に答えるのは、とても退屈な作業だった。クラークの経済史へのささやかな貢献を記したこの『起業家・ジム・クラーク』という本は、おもしろくないわけではないが、結局、あかの他人が書いたような仕上がりになった。いや、もちろん、あかの他人が書いたのだが。実際問題として、クラークに過去はなく、あるのは未来だけだ。(略) とにかく、ぼくは、何ヶ月か付き合った末に、クラークから過去の話を聞き出すのは無理だということを悟った。少なくとも、通常の情報交換の手立てではとても不可能だ。」

 結局、マイケル・ルイスはクラークの人生に寄り添う決意をする。

「そのころには、ぼくも、ジム・クラークと時間を共にするには、クラークのマシンに飛び乗るしかないことを学んでいた。本人の生活に相乗りするくらいの覚悟がなかったら、クラークとは付き合えない。」

 こんな風にして「ニュー・ニュー・シング」は書かれたのである。

 さて、山岸君、この「ニュー・ニュー・シング」を一緒に読んでみませんか。僕が面白いと思ったところと、君が面白いと思ったところはきっと違うだろうし、そんなところを「取っ掛かり」にして、シリコンバレーと日本の違いや、君と僕の世代間の違いや、色々なことが浮き彫りになって面白いのではないかと思います。

編集部注:「山岸君」とは本欄編集担当の山岸広太郎のこと。次回のBizTech eBusiness書き下ろし原稿(1月29日掲載予定)では山岸とのディスカッションを踏まえて、梅田氏が再度「ニュー・ニュー・シング」について語ります。

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