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MITの授業教材無償公開に思う

2001年4月16日[BizTech eBusiness]より

 4月4日に発表されたマサチューセッツ工科大学(MIT)の授業教材無償公開、「MIT OpenCourseWare (MITOCW)」が大きな話題を呼んでいる。

 今から25年前、私がまだ学問を志していた高校生のときにこんな発表があったらさぞかし興奮していただろうと、つい昔を思い出した。

 私はシリコンバレーで、活力に溢れ、恐ろしく頭のいいインド人や中国人の若者達と出会う機会が多いが、米国に雄飛して活躍する彼らに続けと、志を抱く膨大な数の中学生や高校生が、世界中でこのニュースに興奮しているであろう姿が容易に想像できる。

 デジタル・デバイドという言葉が最近よく使われるが、21世紀の真のデバイドは、「知の巨大な空間」となったネットの世界に積極的に関与して勉強し自分の知識やスキルを磨き続けようとする意志を持つ人達と、そんなことには全く興味すら持たない人達との間で起こるはずだ。この予感は最近ますます強い確信に近づいている。

 それはさておき、まずはMITのサイトからの公式発表資料を読んでみよう。

 「Massachusetts Institute of Technology will make the materials for nearly all its courses freely available on the Internet over the next ten years.」

 今後10年間で、ほぼすべてのコースの教材がネット上に公開されて、無償で活用できるようになるわけだ。講義ノートから宿題、推薦資料まで公開される。当面の2年間で試験的に500コース、無償公開の教材が使いやすくなるようなシステムの開発も同時に行なわれ、10年で2000コースを目指すという。

 教科書の内容までは公開されないが、何が教科書として使われているかがわかれば、それはAmazon.comにでも注文すればいい。つまり、世界中のどこに居ても、独学の志とインターネットにつながる環境さえあれば、単位こそ得られないものの、無償でどんどん勉強していけるわけだ。

"We believe OpenCourseWare will have a strong impact on a residential learning at MIT and elsewhere. Let me be clear: We are not providing an MIT education on the Web. We are providing our core materials that are the infrastructure that undergirds an MIT education. Real education requires interaction, the interaction that is part of American teaching."

 MITは、ブーズアレン(Booz-Allen & Hamilton)という超一流の戦略コンサルティング・ファームを活用してこの構想をまとめたわけだが、MITの戦略は、「教材というインフラは無償公開しても、教育で真に肝心なインタラクション部分の価値の重要性を増すであろうから、その部分を有償化して事業が成立する」という思想がベースになっている。「We are not providing an MIT education on the Web.」というのはそういう思想を表現する言葉だ。

"Am I worried that the OpenCourseWare project will hurt MIT's enrollment? No. In fact, I am absolutely confident that providing this worldwide window onto an MIT education, showing what we teach, may be a very good thing for attracting prospective students,"

 MITの事業(学生の年間授業料は26,000ドル)に悪影響が出ないのかという質問には、きわめて明快にノーと答えている。何を教えるかを公開することによって、世界中から優秀な学生が集められるに違いないと答える。

"Our central value is people and the human experience of faculty working with students in classrooms and laboratories, and students learning from each other, and the kind of intensive environment we create in our residential university."

 ニューヨーク・タイムズの記事(要登録は、インタラクションの教育における意味をより詳しくこう伝える。教室や実験室での人間同士による経験、学生がお互いから学ぶこと、学住接近のインテンシブ(集中的、集約的)な生活環境に意味があるのだという。

 最後にもう1つ、私がこの発表で強く思ったのは、MITのすぐれた戦略性と、大学が企業と同じように激しく競争しているのだという実感だ。

「米国の大学学長は英語ではプレジデントで、社長と同じ。それぐらいの権限を持たさないと大学改革は難しいのかもしれません。」

日経ビジネス2月26日号編集長インタビューはスタンフォード大学のジョン・ヘネシー学長だったが、同誌小林収編集長(当時)は、インタビューを終えての感想を傍白欄でこう書いた。まさにその通りなのである。

 大学というのはまあ頭のいい人達の集まりだから、議論すればアイデア自身は百出するだろう。MITの授業教材無償公開だってアイデア自身に驚くような斬新さはない。しかしカギは、そういう賛否両論あるに違いない新しい戦略を、強いリーダーシップのもとに執行できるかどうかなのである。

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