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ニューエコノミー時代の戦略論をめぐって(1)
ポーター論文を題材に

2001年5月21日[BizTech eBiziness]より

 今回から3回にわたって、私の親友で仕事仲間でもある岡田正大さん(慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 専任講師)にご登場願って、本欄であれこれと議論していきたいと思う。

 岡田さんとは、私が以前勤めていた経営コンサルティング会社(ADLジャパン)でいっとき同僚だった。その後、岡田さんはオハイオ州立大学でPh.D.(経営学)を取得するべく、私はADLのシリコンバレー事務所を立ち上げるべく、ほぼ同じ時期に渡米した。私が独立してミューズ・アソシエイツを創業して以来、さまざまなコンサルティング・プロジェクトを一緒に遂行してきた仕事仲間であり、いつも最先端の事象について一緒に考える勉強仲間でもある。

 今回岡田さんにご登場願ったのは、マイケル・ポーター(ハーバードビジネススクール教授)の最新論文「Strategy and the Internet」の翻訳が掲載されているダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー5月号「戦略論の進化」特集に、岡田さんが「ポーター VS バーニー論争の構図」という解説論文を寄稿されているからだ。

 企業戦略論の第一人者であるマイケル・ポーターは、インターネット時代が到来してかなりの年月が経過したにも関わらず、「インターネットが戦略に及ぼすインパクト」についてずっと沈黙を守ってきた。

 ネットバブルも崩壊し、さまざまなことが明らかになり、リスクがなくなったところで、満を持してこの論文を発表したポーターに対して、「ちょっとずるいなぁ」という感慨がないこともないが(それはまぁ人生観の違いなので仕方ない)、この大部の論文は本当によく練り上げられていると思う。

 そこでまずポーターの論文をきっかけにして、ニューエコノミー論や戦略論の最先端について、岡田さんと議論を始めてみたいと思う。

梅田 ではまず、まずポーターの論文のポイントを総括していただけませんか。特に私の問題意識は、ネットブームの根拠となったニューエコノミー信仰を支えていた考え方が、今、どんなふうに変化しつつあるのかということです。

岡田 そもそもポーターとは、経営戦略の研究者にとっては「建学の父」ともいうべき戦略論の創始者です。彼の本来の専門は産業組織論といって、公正な競争を促進して消費者の利益を保護する政府の立場から、企業の独占による弊害を除去する為に、各産業が独占状況に至る条件を研究する学問です。彼はその条件を逆に企業の立場から考えて、企業が完全競争下で得られる以上の利潤を得るのはどのような産業構造か、を理論化しました。それがポーターの有名な「5つの力(新規参入、代替、供給者、購買者、そして競合)」です。

 ネット経済が進行して、ビル・ゲイツが「いかなる競争優位もそれが持続するのはナノセカンド」と言うような状況になり、それでは競争優位を確立する為の戦略を考えても、その有効性を保証する産業構造がそんなにも激変するのであれば、これまでの「競争戦略論」は役に立たない、という批判が公然と行なわれるようになりました。今回のダイアモンドハーバードビジネス5月号でも、大前研一氏が同様の批判を展開しています。

 ポーターの今回の論文は、「いいや、ネット経済下でも依然としてこれまでの競争戦略論は有効だ」、というのが最大のメッセージです。

 梅田さんの問題意識である「ニューエコノミー信仰」に戻ります。ネットバブル時代のニューエコノミー信仰は、インターネットの持つ収穫逓増やネットワーク外部性によって、わずかな固定費で莫大な売上を獲得し、かつ利益率も非常に高いという、とてつもなく素晴らしいビジネスが実現するであろう、という「信仰」であったと思います。

 しかし、そうした「夢」が崩壊すると同時に、ネットの持つ「破壊的性質」も明らかになってきたと言うことでしょうか。ここで言う「破壊的」というのは「Napster」による既存産業の破壊に代表されるように、「物質に対する排他的な所有権や情報の偏在によって成立してきた競争優位に基づく経済価値生成の構造」が破壊される、という意味です。

岡田 ポーターが指摘しているのはまさにそこで、(1)インターネットによって情報の非対称性が解消され、市場は完全競争に近くなる。(2)高効率性がネット上の参加者全員に同じく恩恵を与える。よって、企業間の差がつきにくくなり、ネット上において競争優位を獲得することは非ネット経済よりも困難になる」という認識です。その下で、「効率で差がつきにくくなった分、戦略的ポジションニングによる寡占・独占構造の構築が競争優位獲得にとってより一層重要になる」ということです。

梅田 ポーターはこの論文の中で「インターネットが産業構造に与える影響」を分析し、インターネットは結局「産業の収益性にとってマイナス」なのだと結論づけていますね。それは「産業構造の非効率性ゆえに生じていた富が、市場の効率が向上することによって消失してしまう」と考えてよいのですね。

岡田 そうです。先ほど申し上げたように、市場のエフィシェンシー(efficiency=効率性)が向上するということは、企業にとってはよりタフな状況が訪れるということです。

梅田 一企業の戦略論としては「市場の効率化で企業間に差がつきにくくなった分、戦略的ポジションニングによる寡占・独占構造の構築が競争優位獲得にとってより一層重要になる」と言えても、産業構造の収益性全体のパイが小さくなっていくのであれば、ゼロサムゲームならぬマイナスサムゲームになってしまうという結論にはなりませんか。

岡田 完全情報に近づくにつれ、いわゆるコモディティ品の値段は一切差がつかなくなり、これまでそうした財の差別価格を支えていた根拠が崩れるので、その部分の利潤は消滅します。例えば、特定のサプライヤーからの長期安定的取引関係による差別価格がB2Bイクスチェンジで一気に下がるとか、地理的な隔絶性ゆえに高い値段をつけていた田舎の家電店が、ネット上のオンライン販売に駆逐されてしまうとか。

 ですから、残った利潤をめぐる争いはさらに厳しくなり、そこでこれまで以上に戦略的ポジショニングがより大きな際立った競争優位をもたらすことになる、とポーターは言うわけです。そのような競争に勝てる企業は相当に強固な市場ポジションを占めるわけで、可能性としてはネットによって消失した利潤分、もしくはそれ以上が競争優位のある企業にシフトする、ということもあり得ると理解しています。

梅田 「その消失分はより競争優位のある企業にシフトする」というのは、独占・寡占企業が今以上に儲けられるようになるという意味ですか。

岡田 ネット経済下で新たに勝者となり、独占力・寡占力をさらに強めた企業がこれまで以上に儲ける、という意味です。「ネットによる効率の均質化」に左右されない種類の「持続的競争優位の源泉」に基づいて利潤を得ている「独占・寡占企業」のみが競争優位を獲得し維持できる、ということになると、これまでそれ以外の源泉に基づいて超過利潤を得ていた企業は完全競争に飲み込まれるので、前者のタイプの「独占・寡占企業」の市場ポジションはより強化され、利潤はより拡大するだろう、という考え方です。

梅田 それはポーターが論文の中で明示的に言っていることですか。

岡田 いいえ。ポーターはそこまで明示的に、今回の論文で指摘しているわけではありません。「ネットによる均質化」に左右されない「競争戦略」を構築せよ、というところでポーター論文のロジックはストップしています。

梅田 実は、私は、この論文を読み終えたとき、こんな感想を持ちました。ポーターは「個別企業の戦略論」について書いているから「社会や産業構造がどうなるかは知らんが一企業としてはこうせよ」ということで議論を避けることができるけれど、ポーターの議論の前提をベースに「社会や産業構造全体がどんなところに向かっていくか」について議論するとしたら、それは「インターネット革命によって世界の二極分化がさらに進んでいく」というかなり厳しい世界を提示せざるを得なくなるのではないか、ということでした。これについてはまた後で考えましょう。

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