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ニューエコノミー時代の戦略論をめぐって(3)
ライシュの新刊を題材に

2001年6月4日[BizTech eBiziness]より

 前回「ニューエコノミー時代の戦略論をめぐって(2)」に引き続き、ニューエコノミー時代の戦略論をめぐって、岡田正大さん(慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 専任講師)との議論を続けていきたいと思う。

梅田 前回の議論は「世界の二極分化」の問題のところで終わりましたが、その文脈では、クリントン政権で労働長官をつとめたロバート・ライシュが今年初めに出版した「The Future of success」という本が極めて重要だと考えています。実はまだ全部をじっくり読んでいないのですが、ライシュは、「個人を消費者という観点から見つめればこれ以上素晴らしい時代はないだろうが、生産者という観点からみれば、これほど大変な時代はなかろう」ということを言おうとしているのだと思いますが、大枠の理解はそういうことでよいでしょうか。もしそうだとすると、ポーターの論と極めて相呼応する気がするのですが。

岡田 その通りです。ライシュの「The Future of success」でいう「ネット経済は企業や企業人にとって厳しく、脆弱性と不安定性に満ちた世界」という認識は、「より差別化が困難となり、競争が激しくなる(完全競争に近づく)だろう」というポーターの認識と完全に符合していると思います。

梅田 ライシュがこの本に関連して受けたインタビューや書評がたくさんあって、ネット上で読むことができます。たとえば、ブーズアレン(Booz-Allen & Hamilton)が発行している「Strategy+Business」誌のインタビュー、CNNの本の紹介を兼ねたインタビュー、USA TODAY誌によるインタビュー、CIO Magazine誌によるインタビューなどを読者の方には是非ご参照いただきたい。さて、こうしたネット上で無償で読むことができるリソースの中から、本質的な部分をいくつか引用して、ライシュの議論を少しわかりやすく総括していただけませんか。

岡田 4つのポイントがあります。第1にライシュのニューエコノミー観、第2に「消費者天国、生産者地獄」の問題、第3にスキルレベルによる所得の二極分化の問題、第4に二極分化を前提としたセーフティ・ネットの重要性に分けられると思います。

 まずニューエコノミー観から。ライシュはITWorld.comのインタビューの中で、まずニューエコノミーの属性についてこのように述べています。

"In the new economy, there is more choice than ever for consumers, and it's never been easier to switch products and brands."
また、「Strategy+Business」誌のインタビューの中では、
"The central and most important aspect of this economy is that consumers and investors have a far broader array of choices than ever before, and they can switch far more easily with better information to even better deals."
と語っています。つまり、消費者や投資家が製品市場や資本市場において、ワンクリック・ノーコストで選択を変更できる、という点が彼のニューエコノミーの基本認識です。

岡田 そして次に「消費者天国、生産者地獄」の問題。この「膨大な選択肢の間を瞬時に変更可能」とする状況について、同書の紹介文は、

"This is a boon to us as consumers, but it's wreaking havoc in the rest of our lives."
つまり、消費者としての個人にとってはこの上なくありがたい状況である一方、生産者や企業人としての個人にとっては大変厳しい仕打ちとなるのだ、と言っています。なぜならば、このスイッチングコスト(取引費用)の激減により、
"all the producers and sellers have to hustle harder to keep every consumer and attract new ones, -- and have to hustle harder to do it better, faster, cheaper than our competitors. Competition is more intense than ever."
"When consumers can shift allegiance with the click of a mouse, sellers must make constant improvements by cutting costs, adding value, and creating new products.
 つまり企業や生産者は際限無きコスト削減はいうまでもなく、それでは差がつかないため継続的に独自の技術革新を行なって消費者のロイヤルティーをつなぎとめる努力を死に物狂いで永遠に続けなければならなくなる、ということです。

 そして第3のスキルレベルによる所得の二極分化ですが、ここで発生するのが個人間に発生する所得の二極化です。企業はさらなるコスト削減のため、いわゆる単純作業のルーチンにかかる費用を極限まで切り詰める、その結果それに従事しているスキルレベルの個人は所得が非常に不安定になる。

 一方、技術革新を先導するスキルを持つ個人はこの上なく好待遇になる。CIO Magazineとのインタビューで、ライシュはこう言っています。

"The new economy is also pushing companies to reduce all routine costs, including the cost of routine labor. So if you can do the same thing more cheaply by relying on a subcontractor or a robbot or a foreign company, then you'll do so. But at the same time that companies are competing ever more fiercely to get 'talent' -- the new creative workers of the economy -- and paying more and more for them, they're reducing the cost of routine labor. You don't have to be a rocket scientist to see that inequality will follow. "

岡田 そして最後が、ネット経済が引き起こす二極分化を、「人間としての個人」という視点から見て、不安定で厳しい競争下に置かれる経済状況を前提としたセーフティ・ネットの重要性です。この部分は元労働長官としてのライシュらしい発言です。この本の出版社のサイトが行なったロバート・ライシュとの対話では、

"They'd do better with "earnings insurance" that pays half the difference between an old job and a new one that pays less, at least for several months until you can retrain or relocate for a better job."
 すなわち、ニューエコノミーによって非常に収入が不安定となる種類の個人のために、収入が急減した額の半分を補償するような「収入保険」の導入を提唱しています。

 この最後の人間の視点は、これまで日本では明示的に語られてこなかった部分であり、今の日本に最も欠けている議論だと思いますが、それはおそらく日本ではまだそこまでIT革命が成熟していない事から来る必然のような気もします。

 しかし早晩この事態がやってくる。ごくわずかながら日本人でもMBAをとったり専門技術を身につける日本人が増えてきているのも、知的武装が今後の経済では死活問題になることを感じている人間が潜在的に増えつつあることの現われかもしれません。

 ライシュが言うように、「もはや企業組織は個人と市場を連結するダンパーとして個人を守ってはくれず、個人と市場が直結する時代」がやってきた、ということです。

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