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アンディ・グローブの肉声を聞こう

2001年6月25日[BizTech eBiziness]より

 シリコンバレーで今何が起こっているかを体感するにはどうしたらいいか。もちろん色々な方法があるが、シリコンバレーで超一流と言われる人物の「肉声」に虚心に耳を傾けることをお勧めしたい。もちろん会って話ができればそれに越したことはないが、叶わないのが普通。私の言う「肉声」とは、優れた聞き手が行なった長いインタビュー記事のことである。それならば、日本に居ながらにして、しかも耳からではなく目で情報を読み、何度でも繰り返し考えることができる。

 格好の題材があるのでご紹介しておこう。米「Wired」誌が2001年6月号で行なったアンディ・グローブ(インテル会長)の長時間インタビューである。幸いなことに、現代を生きる私たちは、こうした貴重な情報を無償で読むことができる。

 「幸いなことに」と書いたが、裏返せば、貴重な情報が無償で全世界に公開され続けているということは、そういう情報を活用できるか否かの競争が世界レベルで熾烈化していることを意味するので、本当に「幸いなことに」なのかどうかはよく分からない。しかしまぁそういう難しい話はともかく、私がこのインタビューを読んで面白かったいくつかのことをご紹介してみようと思う。

 第一に「ドットコムの歴史的役割」について。「ドットコム現象はこれまでに起きた最も重要な出来事の一つだった」とアンディ・グローブは言う。しかし彼は突然、80年代の日本企業が米国製造業を危機に追い込んだ話をし始める。「米国大企業にとっての脅威」という意味で、「ドットコムは80年代に日本企業が果たしたのと同じ歴史的役割をもう既に果たした(結果として米国大企業がIT化に本気になった)」というのが彼の総括なのである。

 米国製造業はいったん日本企業にやられてから盛り返したが、ドットコムに対して米国大企業は十分強く戦い挑戦を退けたというのである。聞き手が「ドットコムは無駄死にではなかったのか?」と確認すると、彼は「ドットコムはたき火の中に身を投じたが、結果としてそれがより大きな炎の輝きを創造したんだ」なんて少し詩的に語っている。

バブルはインフラ構築に貢献
 第二に「ITインフラ構築のコスト負担」について。聞き手が「ネットバブル崩壊後の調整は健全なことですよね」と尋ねると、「バブルも含めたこのブーム自身が健全だったんだよ」と少し煙に巻くようなことを言う。

 この熱狂的ネットブームがあったからこそ、莫大な一般投資家の資金がITインフラ構築のために投入されたわけで、それがなければ15年かかったであろうITインフラ構築が5年で行なわれたことは、米国社会全体のために良かったのだと総括する。

 第三に「アマゾンの現状」について。彼はアマゾンを「抜群のパイオニアだ」と強く肯定的に評価する。「Personalized, Database-driven Commerce(データベースによって牽引されるパーソナライズされたコマース)という全く新しいやり方を創造しつつあるのだからね。でもそれもこのブームで莫大な資金が流れなければできなかったことだからなぁ」とここ数年を述懐するわけだ。数千万人の顧客の個性を一人一人峻別する巨大データベースが中心に存在するコマース。アンディ・グローブのスケールの大きな未来ビジョンの中の一片としてのみ、アマゾンの現状は位置付けられている。

 このインタビューには、ほかにも示唆に富む発言が多いので、読者の方々にはぜひご一読されることをお勧めしたいが、全体に流れるトーンに違和感を持つ人も多いかもしれない。しかしむしろその違和感の中に、ネットバブル崩壊にもひるまずにフロンティア開拓に邁進するシリコンバレーの現実を垣間見ることができる。

 徹底した未来指向。激しい競争的性格。カネを軽く技術を重く見る風土。底抜けのオプティミズム。自己中心的思考。少し反体制的な気分。

 シリコンバレーをシリコンバレーたらしめるこうした特徴が、アンディ・グローブの何気ない言葉の端々にほとばしっているのである。


 本欄の次回更新(7月2日)時には、アンディ・グローブ・インタビューの原文にあたりながら、もう少し詳しく解説します。

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