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シリコンバレーで通用する英語の修行法(2)

2001年8月6日[BizTech eBusiness]より

 何回かにわたって「英語の話」を書くことにしたが、本稿には「シリコンバレーで通用する英語の修行法」というタイトルを編集部がつけてくれた。「シリコンバレーで通用する英語」とは何かについて一言だけ先に書いておくと、「シリコンバレーの英語」というのは実に目的指向だということなのである。簡単にいえば「仕事の話しかできなくて構わない、なぜなら仕事の話ばかりしていればそれでよいから」ということだ。

 挨拶、社交、日本文化、時事の話題、満遍なく流暢に英語をあやつる人よりも、「他の話をしているのは聞いたことがないが、仕事の話だけは深くきちんとできる」という人の方が、ここシリコンバレーではずっと価値がある。だって、英語を母国語とするシリコンバレーの連中ときたら、専門は凄くても、それ以外のことにはからっきし興味がないという輩が多く、「オイお前、こんなことも知らないの」ということに出会う場面がとても多いのである。

 そんな連中が集まって何の話ができると思いますか。そう、共通項は仕事の話だけなのである。

 さて、話を前回「シリコンバレーで通用する英語の修行法(1)」の続き、10数年前に戻そう。僕がADLというコンサルティング会社に入って少し仕事にも慣れてきた頃、「さあ本格的に英語を勉強してサバイバルしなければ」と英語の勉強法に思いを馳せたときに最初に直感したのも「仕事の話さえきちんとできれば、後は何が必要なのだろう」ということだった。

 アメリカ・ビジネス社会というのが(今から思えばヨーロッパとは全く違って)、ある人間の総合的能力よりも専門的能力を高く評価する社会であることを、僕はADLに入社してからのごく短い期間に直感したのだと思う。

 「自己紹介をめぐる英会話」に集中して「コンサルティング会社での最低限の社交をこなす」という急場をしのいだ僕は、次にいくつかの目標を設定した。

  1. 自分の専門領域だったコンピュータ・サイエンスについてだけは英語の語彙を増やして、定型の英文を暗記すること。
  2. コンピュータの世界の専門家でない人に、最先端のコンピュータ・サイエンスやコンピュータ産業の世界で何が起こっているのかを、簡潔な日本語で説明できるようになること(日本語ですらろくに説明できないことを、英語で説明できるはずがないから)。
  3. 日本のコンピュータ産業の特徴やトピックを、英語で簡潔に説明できるようになること。
  4. その時点で関わっているコンサルティング・プロジェクトの内容や問題点については、英語で5分くらいは話せるようになること。その過程で経営用語についての英語の語彙をできるだけ増やすこと。
という4点であった。
 
 漠然と「英語を勉強しなければ」とだけ思って焦っていたときは、洋画を見に行っては字幕を見ずに何とか理解しようとしてぜんぜんわからず自己嫌悪に陥ったり、興味のない小説を対訳で読みながら単語を増やそうとしても覚えるそばから忘れたり、「中学校の英語から順にやり直せばいい」なんていう誰かの説にしたがって中学の参考書を眺めては頂への道のりの長さに絶望したりしていた。

 それに対して、上の 1. から 4. の問題設定は、僕の興味や仕事や毎日の生活にシンクロナイズした設定なので、無理なく続けることができ、進捗のプロセスを自分で確認することができた。

 より具体的には、1. についてはACM(Association for Computing Machinery)というコンピュータ科学の学会が出している「CACM(Communications of the ACM)」という雑誌と、IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)というエレクトロニクスの学会が出している「SPECTRUM」という雑誌を参考書にした。全部などとても読めるわけがないから、仕事とも関係がありそうで、専門と一般の接点みたいな視点で書かれた論文だけを選んで読んだ。

 2.、3. の取っ掛かりとして、当時話題の「第5世代コンピュータ・プロジェクト」について徹底的に勉強することにした。海外の事務所からも第5世代プロジェクトの進捗についての問い合わせはよく入ってきていたから、勉強しておいて損はなかった。しかも、第5世代プロジェクトは世界を意識したプロジェクトだったため、英語での情報発信量が多かったので、僕にとって参考とすべき英語の語彙の使い方や定型文を探すのに苦労がなかった。

 4.については、大前研一さんの英語での著書(たしか「Triad Power」だったと思う)を参考書にした。僕も例外ではなかったが、当時経営コンサルタントを目指していた若い人の大半は、その道の先駆者だった大前さんに、その著書を通して強い影響を受けていた。その意味で、大前さんの著作は某かのエネルギーをかき立ててくれる上、和英対訳が用意されていたという意味で、英語を勉強するには格好の教材だった。

 まだ独身だった当時の僕は、週末よく一人で東京の街を歩いた。「CACM」や「SPECTRUM」や第五世代プロジェクトのProceedingsや「Triad Power」をバラバラにした紙をポケットに入れて、あれこれ色々なことを考えながら歩いた。歩き疲れると、喫茶店でコーヒーを飲みながら、その英語を読んだ。

 日常会話で気の利いたことは相変わらず全く話せなかったし、洋画を見てもちんぷんかんぷんだったけれど、僕の「仕事での英語」は少しずつだが着実に上達していった。正直にいうと、今でも僕の英語力にはトピックによって著しい偏りがあるのだが、その傾向はこのときの勉強法に端を発していると思う。

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