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言論人よ、群衆と真剣に向き合え

2007年7月10日[中央公論]より

 ネットがない頃と現在の「知的生産」のあり方の違いについて考えるために久しぶりに『知的生産の技術』(梅棹忠夫著、岩波新書、一九六九年)を読み、その先見性に改めて感動した。

 梅棹は「知的生産」を「頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがら−−情報−−を、ひとにわかるかたちで提出すること」と定義した。「人間の知的活動を、教養としてでなく、積極的な社会参加のしかた」ととらえる時代なのだという問題意識から、「知的生産」を「現代をいきる人間すべての問題」だと説いた。

 言論人がその「知的生産」の成果を「ひとにわかるかたちで提出」する場として、本誌をはじめとする論壇誌の意味があった。そして成果の提出には二つの効果がある。ひとつは生み出された新しい知が政治や行政の現場に届き、活かされ、社会に還元されることだ。そしてもうひとつは、莫大な数の読者にその成果を届け、読者一人ひとりの心を動かしていくことである。

 安倍政権は「教育再生会議」「アジア・ゲートウエー戦略会議」などなど一八の会議を新設したが、こうした施策によって、言論人が「第一の効果」をより積極的に志向できる場が増えてきている。作家の猪瀬直樹氏が東京都副知事に就任したのも同じ文脈でとらえることができる。

 しかし「第二の効果」の追求を本気で考えている言論人が日本には少なすぎるのではないか。論壇誌のフォーマットは、梅棹が『知的生産の技術』を著した約四〇年前と何も変わっていない。読者からの直接の反応はほとんどわからないままで良しとしている。莫大な数の人々から反応を直接受け取れるネットが生まれたのに、そこに積極的に関与する姿勢が、雑誌の作り手側にも書き手側にもなさすぎる。それはとりもなおさず「第一の効果」ばかりを重視し「第二の効果」を蔑ろにする悪しきエリート意識が隠れているからではないか。

 私は五年ほど前、いくつかの一部上場企業の経営諮問委員会委員やアドバイザリーボード・メンバーを務めていた(だから政府の会議がどんな雰囲気で行われているか想像がつく)。初めて任命されたときは、自分のこれまでの「知的生産」の成果が認められたのだと心躍る気持ちになったし、「第一の効果」の実現を期待し、大きな意義を感じてもいた。しかしほぼ同時に私は、長文ブログを毎日更新し続けコメント欄も開放する「ネット上での実験」を始め、万単位の不特定多数と直接対峙し、私の意見や誤りに対し匿名読者から激しい批判を受けるといった新しい経験をするようになっていた。

 二つのまったく違う経験を積みながら私は、日本エスタブリッシュメント社会の会議におけるあまりの「行儀のよさ」に、未来を感じられなくなっていった。むろん「第一の効果」はそれなりに期待できるのだが、「あなたはもうこちら側の仲間ですよ」という感じの「ぬるさ」の中で、予定調和の議論の枠に自分の意見を上手にはめ込むことができればちやほやされる構造に、息苦しさを感じるようになった。一方、ネット上では読者を選べず常に社会全体を相手にするため、炎上寸前にまでいくこともあり苦しい。しかし「群衆の叡智」とも言うべき日本の「もの言わぬ中間層」の厚みから直接学ぶことこそが何事にも替え難い「現代ならではの経験」なのだと痛感し、粗暴だが自由なネットの可能性に強く惹かれた。

 たとえば膨大な量の読書をしながら内科医を続ける団塊の世代の方のブログで、一一日間にわたり私の本について長文の感想が書かれたことがある。毎日読むのが待ち遠しく、新聞、雑誌のどの書評をも凌ぐ真摯で知的な内容から学ぶことが多かった。人の生と死を見つめながら思索を続けた市井の叡智が刺激的でないはずがないのだ。

 言論人といっても一〇年、二〇年と第一線で活躍できる人はほんのわずかだ。それは日本で「第一の効果」を追う副作用として抱え込む「ぬるさ」がいけないのではないかと私は思った。「第二の効果」を重視した自らの社会貢献の場として、また言論人としてサバイバルするための成長の場として、自分の中にネットを位置づけることにした。以来、政府の会議も企業の委員会もすべて断り今日に至っている。後悔はまったくしていない。

 言論人は「第一の効果」だけに安住せず、「第二の効果」にもっと真剣になるべきだ。炎上を巻き起こしてでも闘えよと思う。日本の「群衆の叡智」をバカにせず真剣に向き合えば、言論の新しい地平が生まれると私は信じるのだ。

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