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米国PC産業の新潮流
デル社ダイレクトモデルの衝撃

1998年3月1日[コンセンサス]より

誰にでも組み立てられるデスクトップPC
 私が今シリコンバレーの事務所で使っているデスクトップPCは、私の友人が私のために作ってくれた特注PCである。特注といっても、同じスペックの大手メーカーの製品よりもずいぶん安い。

 その友人のところには、毎朝、PC部品卸業者から1枚のFAXが届くという。FAXには、CPUマザーボード、メモリーモジュール、ハードディスク等のその日の価格が記載され、注文票が添付されている。特に値動きの激しい部品の場合、そのFAXにすら価格は記載されず、価格の欄に「CALL」(電話しろ)と書かれている。

 彼は、特注PCを自宅のガレージで製造し、地域の顧客に販売し、メインテナンス、サポートまでを手がけるビジネスで生計を立てているのだが、それはPCの部品すべてが市場から毎日調達可能であり、同じ性能の部品の価格はどんどん下がっていく方向にあるために成立するビジネスである。彼は、市場から最も「新鮮な」部品を調達して、すぐに組み立てて顧客に納品するから、彼の労働コストが上乗せされても、彼のPCがその日の時点で最もコスト・パフォーマンスの良いPCとなるわけだ。

 価格低下が激しいため日に日に価値が低下していくPC用部品は、生鮮食料品と同じようなものなのだ。生鮮食料品と違って「腐って食べられなくなってしまう」ことはないが、たとえば3ヶ月前に買った部品を使って組み立てて、市場価格で売ったら赤字になってしまうことは間違いない。

 「まとめて注文すれば少し安いけど、部品在庫なんて恐くて持てないよ。たとえば、メモリーなんて1年前の3分の1に値段が下がってしまったからね。いいレストランのシェフが、毎日、新鮮な魚や野菜を仕入れるのと全く一緒さ。」
彼は笑う。

大量見込み生産モデルの限界
 PC業界は、市場予測をもとに大量生産計画を立て、部品を大量に仕入れて組み立て、販売チャネルに対して集中出荷する「大量見込み生産モデル」が普通であった。しかしこの方式の最大の問題点は、大量の在庫を抱えやすく、その在庫が、部品在庫であれ、中間製品在庫であれ、最終製品在庫であれ、どれも日に日に価値が下がっていってしまう「生鮮食料品」のような在庫であることだ。日に日に価値の下がる在庫を大量に抱えてしまったら、やることは一つしかない。安売り、たたき売りである。最終製品の旧モデルは店頭で安く売られ、中間製品在庫や部品在庫はブラック・マーケットに流れていく。販売チャネルがメーカーに対して優位な関係にあれば、メーカーは販売チャネルに対して損失補填の形で在庫保証を行なう場合もある。つまり、PCメーカーにとって、在庫を抱えることは、即、収益性の著しい低下を意味するのである。

 確かにPC産業の成長性は高い。しかし、よく知られているように、高収益で付加価値の高いCPUとOS(オペレーティングシステム)は、インテルとマイクロソフトにがっちりと握られている。俗にいう「ウィンテル」支配である。「PCメーカーとは言うけれど、本当はメーカーではなくて、インテルのチップとマイクロソフトのOSの販売するチャネルにすぎないのさ」などという表現すらあるように、メーカーにとってPC事業は、自らの付加価値を乗せて儲ける構造が作りにくい「面白味のない事業」という側面がもともとあった。しかしそれに加えて、さらに「大量見込み生産モデル」の限界に直面して、従来型PCメーカーは厳しい戦いを強いられているのだ。

急成長・高収益のデル・コンピュータ社
 そんなPC産業の特性を考え抜き、従来型メーカーと全く異なる事業モデルを打ち立て、高収益を上げ続ける急成長企業がある。テキサスに本社を置くデル・コンピュータ社である。最近4・4半期(1年間)の売上高は、98億3,300万ドル(約1兆2,500億円)、純利益(Net Income)が、7億4,900万ドル(約950億円)。純利益率は、7.6%にも及び、株価も急騰している。

 創業者でもあるマイケル・デル会長兼CEO(最高経営責任者)は、弱冠32歳。14年前、彼が18歳の時に始めたビジネスは、冒頭に紹介した私の友人のビジネスに極めて近かった。大学の寮の一室でパソコンの通信販売を始めたのが、デルの原点である。以来、たったの14年間で、PC産業の勃興の大きな波に乗って、1兆円を越す大企業になってしまった。驚異的成長といっていい。しかし成長していく中で、デルがユニークだったのは、創業の原点とも言うべき「直販・受注生産モデル」を守り続け、この事業モデルを徹底的に突き詰めていったことである。その結果が、現在のデルの成功につながっている。

 「競争激しいPC業界を勝ち抜くカギは」と問われて、マイケル・デルは、こんな風に答えている。

 「直販方式を定着させたことだ。受注生産によって在庫水準を13日に抑え、半導体などの部品価格の変動を即座に製品価格に反映できる。販売代理店を通さないから顧客はマージンを払わなくて済む。直販は無駄をそぎ落とした究極の製造業のモデルだ。業種を超えて世界に広がるだろう。航空や自動車業界もデルに似た生産・販売方式を取り込もうとしている。」(日本経済新聞97年7月21日)

 半年前のこのインタビューの後、当時13日だった在庫水準が、97年9月には12日になり、現在は11日にまで抑えられるようになってらしいが、トップランナー自らが、常にプロセスを改善しつづける姿が、この一事からも垣間見られる。

 また、インタビューで主張する「部品価格の変動を即座に製品価格に反映できる」という利点は、意外な形でその実効が表面化することとなった。きっかけは昨年末からのアジアの通貨・金融危機である。通貨危機に伴って、アジア通貨に対するドル高が進んだため、PC用主要部品である半導体メモリー、ハードディスク装置、CD-ROM装置などの調達コストが下落したのである。それを好機ととらえて、98年1月、誰よりも先に最終製品価格の値下げ(値下げ幅・最大15%)に踏み切ったのが、デルであった。大幅な値下げに競合メーカーはついてくることができず、デルの業績は相変わらず好調である。

 「大量見込み生産モデル」でPC事業を展開する競合メーカーには、そう簡単にこんな値下げはできないのだ。新製品の価格を下げれば、膨大に存在する流通在庫のほぼすべてが一気に価値を下げてしまうためである。

 デルが確立した中間流通を介さない「直販・受注生産モデル」をダイレクト・モデルと呼ぶが、図1に、そのダイレクト・モデルと「チャネル販売・大量見込み生産モデル」の違いを示した。ダイレクト・モデルのシンプルさが実感できるはずである。

究極のサプライ・チェーン・マネジメント
 厳密には「サプライヤーから製造、流通、そしてエンドユーザに至る一連の原材料、(半)製品の流れを、互いにリンクした統合システムとして同期化し、経済性と効率性を実現する経営手法」と定義される「サプライ・チェーン・マネジメント」という経営の考え方が90年代から、米国製造業における競争力再生の切り札として、急速に注目を集め、導入されてきたが、この「サプライ・チェーン・マネジメント」をゼロ・ベースから、PC産業の特徴に合わせて作り込んだのが、デルのビジネスプロセスである。

 マイケル・デルは、このプロセスを「リアルタイム・デマンド・アンド・サプライ」(需要供給のリアルタイム化)と呼び、前掲のインタビューの中でも「究極の製造業のモデル」と自画自賛しているわけだが、もう少し詳しく、そのビジネス・プロセスについて見ていこう。

 図2に示す通り、大企業向けの直販セールス部隊からの注文と、電話やインターネットから直接入ってくる注文に対して、できるだけ短い納期で、注文品を指定通りに生産して納入(納品は宅配便業者に外注)するのが、デルの基本的ビジネスプロセスである。

 こう書けば簡単に聞こえるかもしれないが、デルが組立てているのは、1日に1万台以上、それもすべて仕様が異なるPCである。また、「チャネル販売・大量見込み生産モデル」では、販売店に在庫さえあれば、顧客は買ってそのまま持ち帰ることができるのに対して、ダイレクト・モデルは、どうしても納品までに時間がかかるという不利がある。この不利を少しでも軽減するために、受注から納入までのリードタイムを短くするという挑戦に、常に立ち向かっていかなければならない。

 このプロセスで最も重要なのが、部品メーカーとの連携である。テキサス州オースティンのデル最新工場の周辺には、部品メーカーもサテライト工場を作り、「ジャスト・イン・タイム」(JIT)の部品小口納品体制を作り上げている。工場を包囲するように物流センターが置かれ、顧客からの注文に合わせて小口搬入される仕組みが作り込まれている。急成長を続けるデルにコミットして一緒に成長していこうと考えるシーゲート、ウェスタン・デジタルといった部品メーカーの姿は、高度成長期の日本自動車メーカーと系列部品メーカーの関係に酷似している。

 このビジネスプロセスを継続的に徹底的にシェイプアップし、デルは、「チャネル販売・大量見込み生産モデル」のPCメーカーに対して、約10%以上のコスト優位を構築している。

 14年間の歴史を持つデルのダイレクトモデルだが、「なぜ今、これほどまでに注目を集めているか」を考えると、その一つの理由として、インターネット新時代の追い風を受けていることも大切なポイントとして挙げられる。デルのWebでは、現在、1日当り約600万ドル(約7億8,000万円)相当の注文が毎日入ってきている。この1年間でインターネット注文は倍増したという。もともと「1-800」(相手先払い電話)で注文していた顧客が、インターネット注文に移行したのである。

 こうなるとデル側では、大型コールセンターを設置し、電話オペレータを大量に抱える「電話受注のためのオペレーション」が、ぐっとシンプルにでき、コスト削減効果はかなりのものとなる。加えて顧客情報のデータベース化、戦略的活用もはるかに容易になる。

PC産業は新しい時代に入った
  デルの目指す「究極の製造業」モデルは、従来の製造業の事業モデルとは、その原点が全く異なっている。現在、デルと競争するIBM、HP、CompaqといったPCメーカーは、何とかこのダイレクトモデルを、自らの「チャネル販売・大量見込み生産モデル」の中に取り込もうとして躍起になっている。販売チャネルの段階で最終組立てを行なうチャネル・アセンブリー方式など、新しいモデルが次々に試されている。アップルも経営再建の切り札として、「インターネット直販」戦略を展開し始めた。しかし、各メーカーとも販売チャネルとのしがらみを断ち切れず、中途半端なダイレクトモデルにならざるを得ないというのが現状と言える。

 しかし、いずれにせよ一つ言えるのは、「研究開発機能などいっさい持たない、まるで販売会社か物流会社のようなデル」が、PCというハイテク製品のメーカーとして、時代の最先端を走っているという事実が、PC産業にとっていかに衝撃的かということである。「ウィンテル支配が続くPC産業で、収益性の高いPCメーカーとなるにはどうしたらよいのか?」日本メーカーも含めすべてのPCメーカーが自問しつづけてきた問いである。この問いに対する一つの答えをデルが提示したことで、PC産業は新しい時代に入ったといえるのである。

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