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BFW(Big Fat Website)の時代

1999年8月4日[コンセンサス]より

ビジョナリー、William Gurley
 私がいつも欠かさず読んでいるものの一つに、Fortune誌に連載されているWilliam Gurley氏のコラムがある。Gurley氏はまだ30代半ばと若手だが、数年前ビル・ゲイツが「同氏のコラムにいつも注目している」と発言したことで一躍有名になり、金融機関のアナリストからベンチャー・キャピタリストに転身した。氏のコラムのバックナンバーは、CNETサイトで読むことができる。

 彼は、99年1月25日のコラム「The New World of Big Fat Websites」で、Amazon.com、eBay、E*Tradeといった最先端を行くeコマース・サイト群を「Big Fat Website(BFW)」と称し、このBFWこそが、新しいコンピュータシステム・アーキテクチャの中核となるという考えを披瀝している。

 実に示唆的なので、しばらく彼の論旨を追いかけてみよう。

 インターネットが、コンピュータ産業に与えたインパクトは計り知れない。ここ数年で世界が一変してしまったことは、もう誰もが知っている。

 インターネットのインパクトは、ブラウザとWebサイトに大別できると彼は言う。ただ、ブラウザは、Microsoft社の戦略の巧みさゆえ、産業構造を変化させるには至らなかった。問題はWebサイトの方だ。彼はこう続ける。

「単純なWebサイトのアーキテクチャは、クライアント・サーバのアーキテクチャに酷似していた。HTTPサーバが、ページやアプリケーション層やデータベースの処理を担当していたからだ。しかしWebへのトラフィックが増加するにつれて、このシンプルなサイトは、全く新しい何か(Something Truly New)に変異していく。BFWの世界へようこそ(Welcome to the world of BFWs)」

 つまり、社会の仕組みを置き換えてしまうほどのスケールの巨大Webサイト(Amazon.com、eBay、E*Trade等々)をBFWと呼ぶとき、このBFWのアーキテクチャは、メインフレーム・セントリック・アーキテクチャ、クライアント・サーバ・アーキテクチャに続く第3のアーキテクチャだと言うのである。

 クライアント・サーバ・アプリケーションは、パッケージ・アプリケーションとして書かれて分散化され、何百・何千という場所にインストールされる。バグ修正やコード更新は、インストールしたすべてのシステムのファイルを更新する形で行わなければならないので、周期的または必要に応じて行われる。

 一方、BFWは、ソフトは一ヵ所にインストールされて集中管理され、バグ修正やコード変更は随時行うことができる。しかしその代わり、クライアントサーバ方式に比べて格段に多いユーザからのアクセスを処理するための能力(性能、信頼性)を必要とする。そのために大量のサーバ(Farm of Web Server)を使う。

 彼は、超高層ビルの空調システムを例にとって、クライアント・サーバとBFWの違いを説明する。超高層ビルの空調システムは、そのビルに合わせて専門家の手でデザインされる。決して、家庭用のエアコンを何百台もばらまいてそれらを相互に制御しあうという構造にはなっていない。BFWはこの超高層ビルの空調システムのようなもので、パッケージ化されたソフトをばらまく形のクライアント・サーバとは全く違うと彼は主張する。

 BFWアーキテクチャはまだまだ始まったばかりだが、BFWへの膨大な投資が多くのネット企業によって行われ、その周辺で技術開発が進行中だ。

 このアーキテクチャ下では、たとえば、ソフトウェア・アプリケーションはインターネット・サービスの形で提供され、中小企業はアプリケーションをレンタルするという動きが生まれる。大きな変化だ。

 Gurley氏はアナリスト出身のベンチャー・キャピタリストらしく、Sun Microsystems社(以下Sun)の株価が昨年末から上がったのは、Sunがこの時代の担い手の一人だからだと締めくくる。

BFWのシステムダウン
 BFWがある意味で集中処理への回帰であることは事実だ。しかしほとんどのBFWは、特別な理由がない限り、メインフレームを使わずに、オープン系技術を組み合わせて作られている点が重要である。サーバ1台でやっていた初期のサービスが、ユーザ数の増大と提供サービスの充実によって、BFWへと急激に進化してきたからである。

 ここで、米国の情報システムの歴史を振り返ってみよう。

 米国では、1987年のブラックマンデーをきっかけにして、パソコン、ワークステーション、サーバといったオープン系技術を組み合わせたクライアント・サーバ方式の情報システムが一気に実用化された。以来、そこそこ信頼性の高いクライアント・サーバ・システムが構築できる技術が育ち、多くのメインフレーム・ベースの情報システムを置き換えてきた。

 しかし、やはりオープン系技術の組み合わせでは、信頼性、トランザクション処理の性能の両面で頼りなく、金融機関の第3次オンラインに代表される基幹システムは、依然としてメインフレームに依存する状況が続いてきた。技術的にはやればできたのかもしれないが、メインフレームの顧客が、大きなリスクを冒してまで、基幹システムをクライアント・サーバ・システムでゼロから作り直す動きは生まれなかった。リスクを冒してまで得られるリターンは見えなかったからだ。

 その間一方で、オープン系技術の組み合わせによる高信頼化技術が磨かれ、トランザクション処理性能も向上してきた。サーバをクラスタ化して高信頼性システムを構築する技術は格段に進歩し、トランザクション処理におけるインテル・アーキテクチャのメインフレームに対する秀逸も実証されるようになった(TPC参照)。

 つまり、現在活発に開発が行われているBFWは、膨大な量のアクセスを集中処理するだけに、通常のクライアント・サーバ環境に比べて大きな負荷がかかる。オープン系技術を駆使して、メインフレーム以上の高性能・高信頼性システムを構築して運用するという、ほぼ歴史上初めてと言ってもいいほどの挑戦が行われつつある、と言い換えてもいいのである。

 挑戦にはリスクが付き物だが、その実例が、BFWのシステムダウンである。

 6月10日(木)午後7時半、eBay社のシステムがダウンした。徹夜での原因究明が続けられたが、復旧したのは翌11日(金)午後5時半。約22時間の機能停止の影響は、売上高における数億円規模の損失だけでなく、週明け14日(月)の株価急落(約26%下落、時価総額約40億ドル分)という形で現れた。

 システムダウン直後に、eBay社はSunとOracle社に連絡した。オープン系技術を組み合わせたシステムがダウンした場合、誰が作った何が問題だったかを調べるのが第一の仕事である。結局、Sunが開発したソフトに問題があったことがわかり、以来、「eBay社とSunの特別プロジェクトチーム」が作られ、一時的には50名のスタッフが再発防止に取り組んだという。

 実は昨年12月から、eBay社のシステムダウンは何度も繰り返されてきた。6月10日の直前でも5月に2回、直後の6月末にも1回起きている。オンライン証券取引のE*Trade社でも、eBay社より復旧は早かったにせよ、同様のシステムダウンが報告されている。

「eBay社において最も重要な仕事は、サイトを動かし続けることです」。 同社CEOのウィットマン女史は言う。

 ネット・オークションはeBay社の創り出した新事業領域だが、すでにAmazon.com社らも同様のサービス提供を開始している。

 インターネットの世界にはクリック・アウェイ競争という言葉があるが、顧客はクリック一つで、信頼性の低いシステムを運用するサービス企業を見限って、競合企業のサービスに切り替えることが容易だ。多くのネット企業のWebマスターが「自分の生活のすべてを注力してシステムダウンの防止に努めている」と語るのはそんな理由からだ。

 つまりBFWは、熾烈なサービス充実競争に勝つために日々更新を続けて成長する「生き物」のようなものなのだ。先端ネット企業では週に数回、競合企業と自社のサービスを比較検討し、自社システムへの開発要求をまとめる作業が絶え間なく繰り返されている。サイト利用者数が急増し、サービス内容が充実しても性能を落とさないためには、ハードを含めたシステムのアップグレードも頻繁に行わなければならない。しかも対象顧客は世界だから24時間休む間もない。

 こんな苛酷な環境下で、新しい挑戦が日々続けられているのが、米国最先端BFW開発の現実なのである。

日本企業は米国BFW動向を注視せよ
 ただ同じBFWでも、ポータルやニュースサイトのように、「情報量やアクセスが多くても、eコマース部分がない、または少ない」BFWは、高性能・高信頼性という面での要求はそれほど厳しくない。性能向上ニーズに対して、コンピュータパワーを増強するという比較的シンプルなやり方で対応できてきた。しかし、今後ポータルも、eコマース関連のトランザクション機能を包含する方向に発展していくことは明らかなので、各社が同様の技術的課題に取り組んでいかざるを得なくなる。

 余談になるが、6月30日、コーヒーショップチェーンで急成長を続けるStarbucks(日本にもすでに進出)が、インターネット参入を発表した。Starbucks Xというインターネット専業部門(または別会社)を作って、コーヒー、紅茶のみならず、グルメ食品や家庭用品をも販売するポータルの運営を、今年のクリスマス商戦までに開始するとの発表であった。

 しかし、Starbucksの株価は、発表後その日のうちに37.5ドルから25.3ドルへと急落してしまった。もちろんインターネット参入発表だけが株価急落の原因ではないのだが、「eコマースサイト運用コストが膨大になることが予想される」という事実も、その一因になったと言われている。

「自宅の一室にコンピュータ1台あれば、ホームページを立ち上げて何か面白いインターネットビジネスが始められる」と考えることができた数年前とは、もう全く違う世界に突入してしまったのである。

 ところで、Amazon.com社、eBay社、E*Trade社といった新興ベンチャー企業のBFWは、ゼロベースで作られたシステムなので、すべてメインフレームなしで構築されている。しかし、大手金融機関のように旧来のメインフレームベースのシステムが稼働している大企業がBFWを構築する場合には、メインフレームとオープン系技術を混成してBFWを構築する動きが見られる。そのため、一時の予想よりもメインフレーム需要が上回っている面も否定できない。

 しかし、そのことをもって「やっぱり高性能・高信頼性システムはメインフレーム」というメインフレーム回帰現象と判断するのは早計に過ぎる。BFW構築のための要素技術を提供するSun Microsystems社、Oracle社、Microsoft社、Hewlett-Packard社、多くのベンチャー企業群で働く現代米国コンピュータ産業の叡智のほぼすべてが、オープン系技術によるBFW実現に向けて振り向けられているのが、最先端技術開発の現実だからである。

 少なくとも米国では、顧客も圧倒的に価格性能比の良いオープン系BFWを指向し、オープンシステムの信頼性向上、性能向上に期待をかけて、苦しくともこの方向で投資を続けていくに違いないのである。

 残念ながら日本にはまだこのBFWへの需要がほとんど生まれていない。

 それは日本のネット産業と米国のネット産業の現状を比較すればすぐにわかる。Amazon.comと紀伊国屋書店のホームページを比較すればすぐにわかる。

 しかし数年後に生まれるであろうBFW需要に備えて、米国で生まれたこの新しい動きを、日本企業は注視していかなければならないのである。

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