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ネット産業が抱える反社会的側面
長期繁栄のためには短期的痛みも

2000年4月17日[日経ビジネス]より

 米国ネット産業は今、極めて重大な局面を迎えていると思う。これから数カ月間の産業全体の舵取りいかんで、バブル崩壊も含め、かなり厳しい事態も起こり得る危険水域に入った。

 ネット革命に関わる人や企業が増え、社会に及ぼすインパクトが日増しに大きくなるとともに、社会正義や社会的公正を脅かす出来事も急激に増えてきた。ただ、従来の法体系とシステムで摘発可能なネット詐欺、コンピューター犯罪、インサイダー取引といった「明らかな犯罪」については、重要な問題であるが対応の仕方は分かっているという意味でさほど深刻ではない。

 むしろより深刻なのは、ネット革命によって生まれた「新しい現象」そのものに、社会正義や社会的公正を脅かす要素が内在する場合である。

個人情報、ビジネス特許の乱用懸念
 「新しい現象」の第1は、「プライバシー侵害に結びつく個人情報の収集・蓄積」である。ネット広告のダブルクリックが「収集・蓄積した個人情報の乱用」でプライバシー侵害を指弾されたが、多くのネット企業がこれまで顧客シェア獲得に邁進してきた前提には「個人情報の活用」という概念があった。ネット時代ならではの「個人情報を活用し尽くしての付加価値創造」こそが、ネット企業の収益源として構想されているからだ。しかし取り扱い方一つで、個人情報の活用は乱用と紙一重である。活用と乱用を明確に峻別するきちんとしたプライバシー保護の標準化が実現されないと、ネット事業の収益源に陰りが見えてしまう。

 「新しい現象」の第2は、「公正な競争環境を破壊するビジネスモデル特許の乱用」である。申請済みのビジネスモデル特許は数万件に上り、「既にネット産業では当たり前になった仕組み」が、特定企業のビジネスモデル特許としてこれから認可されてくる公算が大きい。これを盾に特許取得者が競争者に対して敵対的姿勢を貫くならば、公正な競争環境は破壊される。

 特許申請の早い者勝ちと取得特許を振りかざしての訴訟戦略こそがネット企業の成功要因になれば、ネット産業の活力は間違いなく低下するし、特許取得や訴訟経過によるネット株の乱高下が常態化するのであれば、ネット株市場のカジノ化はさらに進行する。

 「個人情報の活用」「ビジネスモデル特許」というネット企業を収益化するための「打ち出の小槌」のような2つの概念が、反社会的要素を内包しているとしたら、ネット産業はこれから先どこに向かって進めばよいのだろう。

ジェフ・ベゾスの画期的な問題提起

 3月半ば、アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏が取得したビジネスモデル特許に関連して「短期的に見れば自社に不利益な」特許権の制限という問題提起をあえて行った。ビジネスモデル特許の有効期間(20年間)を3〜5年に短縮、認可プロセスも公開し、「真に意味のあるビジネスモデル特許」のみが認可されるよう法改正がなされるべきだと主張した。

 私はベゾス氏の提案を前向きに評価したい。起業成功者たち自らが、ネット革命と社会の関係について、政治や行政への期待を表明するだけでなく、「短期的な不利益」を承知で「長期的繁栄を目指す秩序作り」の先頭に立たなければならないと思うからだ。

 ただそれでもなお最後に不透明なのが、ネット企業にとって「短期的に見れば不利益」な新しい秩序が作られるとしたとき、果たして市場はどう反応するのかということだ。当該ネット株は暴落するのだろうか。

 しかし仮にそうだったとしても、避け難い「痛みのプロセス」としてのみ込んで、力強く乗り越えていかなければならないのであろう。

 こうした一連の難問を綱渡りのようにして解いていくことが、起業成功者たちの「現代のノーブレス・オブリージュ(貴族の義務、転じて地位の高い者の義務)」なのである。

掲載時のコメント:ネット経済の離陸とともに、筆者にも日本から誘いがかかるが、「日本人であることの価値を取り払った剥き身の個人としてシリコンバレーにもっとコミットしていきたい」と言う。

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