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「アマゾン破綻説」が逆照射する米ネットインフラ構築手法の凄み

2000年8月7日[日経ビジネス]より

 7月26日アマゾン・ドット・コムは2000年4〜6月期の決算を発表した。売上高5億7700万ドルに対して3億4900万ドルの最終損失と、赤字幅はさらに拡大した。それに先立つ6月22日、米投資銀行リーマン・ブラザーズは、アマゾンの転換社債への投資を控えるべしとの報告書を発表し、株価は急落。これらを契機に「アマゾン破綻説」を巡る議論は、これまでにないほど真剣味を増している。

 アマゾンは赤字経営覚悟の急成長を標榜し、株高を背景に強気の資金調達を続けてきた。しかしその資金調達に陰りが見えるとすれば、約9億ドルの手元現金を使い果たす来年初頭までがジェフ・ベゾス最高経営責任者に「残された時間」となる。それまでに収益化するのは無理だろうというのが「アマゾン破綻説」の大略だ。もちろん「高収益化は間近」と考え、破綻説を否定するアナリストも少なくはない。

破綻前に巨大合併が画策されよう
 ところで、仮にアマゾンが破綻したら、何が起こるのであろうか。

 7月20日、ネット産業黎明期にはアマゾンと肩を並べる存在だった米CDナウが、独ベルテルスマンに1億1700万ドルという超安値(1株当たり3ドル)で買収された。経営難に直面していたCDナウの価値が買収時点で再評価され、その資産がベルテルスマンに引き継がれることになったのである。

 仮にアマゾンが破綻すれば、原理的にはこのCDナウ破綻処理と同じことが起こる。つまり、株価が下落するまで下落したところで、アマゾンの資産が買収先企業に受け継がれていくのである。しかし現実的には、CDナウほどの「極端な破綻処理」に行き着く前に、アマゾンと超優良大企業(米ウォルマートなのか米アメリカ・オンラインなのか…今はわからない)の「でき得る限り高値での巨大合併」が画策されていくであろう。

 いずれにせよ最も重要なのは、(1) 買収なり合併なりが起こる時、アマゾンのその時点での価値が適正に再評価されること(2)アマゾンが構築してきたインフラの「活用可能な優れた要素」だけが「より優れた企業」に、再評価された価格で受け継がれること(3)それまでにアマゾンに流れた莫大なリスクマネーが、再評価された価値での「損切り」(または「利食い」)を余儀なくされること――の3点である。

 「ネット革命のインフラとは誰によってどのようなプロセスで作られ、最終的に誰によって所有されることになるのか」。こんな設問を置くことが大切と前回の本欄「ネット革命のインフラは誰のもの」で問題提起した。

 この設問を「アマゾン破綻説」に当てはめて考えれば、「莫大なリスクマネーを調達したアマゾンによって激しいスピードで作られたインフラは買収先(または合併相手)企業によって受け継がれて所有される」となる。

将来にツケ回す資金は全くなし
 そう考えていくと、アマゾンという一企業が破綻するかしないかは、米国の「ネット革命インフラ構築プロセス」において、さほど重要な話ではないことに気づく。アマゾンが破綻しなければ誰かを買収する側に、破綻すれば買収される側に回るだけで、アマゾンが構築してきたインフラの価値ある部分だけは、受け継がれていくからである。しかも、インフラ構築の資金はすべてリスクマネー(海外からの資金も少なくない)で賄われたわけで、国債のような将来にツケを回す性格の資金は使われていないのである。米国の「ネット革命インフラ構築プロセス」におけるこの構造的凄みにこそ、今、私たちは目を向けるべきなのであろう。

 ネット革命の優れたインフラが早くあまねく社会に構築されることが、21世紀の「国の競争力」の1つだとすれば、その構築プロセスの効率性と有効性に思いを馳せ、米国の凄みから何を学ぶべきかを、日本は真剣に考えていかねばならないのである。

掲載時のコメント:「収益力が高く持続力のあるネット事業を構築するのは何と難しいことか」――。天才的知力と抜群の体力・度胸、膨大なリスクマネーが繰り広げる激烈な競争を眼前にする筆者の実感だ。

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