ミューズアソシエイツのホームページへ パシフィカファンドのホームページへ JTPAのホームページへ 梅田望夫
the archive

米企業のIT化進めた新しい経営観
日本が「第4の道」選べば危うさも

2000年10月9日[日経ビジネス]より

 1990年代後半の米国は、ネット新時代の到来とともに、先鋭化された新しい経営観が登場した時代であった。このことは「大企業の情報技術(IT)化」を考える上で、きちんと押さえておかなければならないことだと思う。その意味で、米デルコンピュータという企業が果たした歴史的役割は実に大きかった。

デルを端緒とする3つの思想
 「製造業といえども、企業活動そのものがほぼすべてIT化(ネット化)可能である」という仮説が、デルの経営の根底にあった。逆に言えば、「IT化可能な要素のみを自社と定義し、それ以外の要素はすべて外部に依存し、外部との関係においては合理性を追求し、その管理の知恵も徹底的にIT化していく」という思想である。

 この経営観ゆえに、デルという企業の姿は、いずれ1個の巨大システムと化してしまうのかもしれず、人が働く環境という意味では、無味乾燥な印象を否めない。しかしデルが、PC(パソコン)産業において圧倒的競争優位を築いた事実は重く、この先鋭化された経営観が正しく執行された暁には、様々な産業において新しい大きな脅威となることが予感された。ただ、デルの経営はPC産業の特殊性ゆえに達成された面もあり、誰もがデルを目指すことは難しいとも考えられた。

 ところが、「人的資源はコアコンピタンス(企業の核となる競争力の源泉)の徹底的強化にのみ集中投下し、企業活動のそれ以外の部分はデル化してしまおう」と考える企業が現れた。代表選手は米シスコシステムズである。技術開発力と経営力については手段を尽くして内部化していくが、その他の機能は徹底的にデル化してしまうのである。この経営観は、デル経営に比べて、かなり普遍性が高くなった。

 次いで、「高収益化を志向し株価を高めるという明確な目標を最優先するアメリカンスタンダード経営とIT化の親和性は実に高い」と考える多くの伝統的米国大企業が、収益化という判断基準から自社が内部に持つ機能の再編を進め、「企業のかたち」を変えてしまうことも織り込んで、デル化、シスコ化していく途上にある。購買機能におけるBtoBエクスチェンジ(企業間の電子商取引市場)に代表される外部機能の充実はこの流れを加速させ、正しく執行すれば数百億円、場合によってはそれ以上のコスト削減効果が見込めることがわかってきた。

 企業のIT化投資は、「生産性のパラドックス」(IT化投資をいくらやってもそれに見合った生産性向上は認められない)という名で長年疑問視され続けてきた。それが一転、ここ数年米国企業でIT化投資が激増したのは、「IT化の投資対効果」が強く確信されたからである。実にこれはコンピューター産業始まって以来の出来事であった。もちろんネットという革命的技術の勃興は一因だが、それ以上に、これらの先鋭化された新しい経営観が「IT化の投資対効果」をしっかりと引き出したからだったのである。

「生産性のパラドックス」の懸念
 一方、日本の大企業は、これほどまでの合理性とセットになったIT化ビジョンを持つには至っていない。むしろ、余裕ある日本の大企業の中には、「取引先や系列販売網といったステークホルダー(利害関係者)との相乗効果を追求し、新しい付加価値を創出して共存共栄を図るためにこそIT化は行われるべきである」という「第4の道」的な経営観が頭をもたげている。

 米国流の合理性の発揮は日本の風土にはなじまない。合理性よりも創造性を発揮することを目指し、長期的な企業競争力強化に賭けようという経営観は、間違いなく1つの見識である。

 しかしこの「第4の道」は、米国にも先例のない、再び「生産性のパラドックス」に陥る危険を秘めた「前人未到の挑戦」であることをしっかりと認識しておくことが重要であろう。

掲載時のコメント:IT化とIT革命。「言葉の使い分けが必要」と言う。そこで一案。「ITの秩序破壊力を旧秩序の枠内に閉じ込められる間はIT化、枠内で手に負えなくなった時をもって革命としてはどうか」。

ページ先頭へ
Home > The Archives > 日経ビジネス

© 2002 Umeda Mochio. All rights reserved.