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米シリコンバレーの傷みは深刻
バブル期投資10兆円の後始末を

2001年5月14日[日経ビジネス]より

 日経ビジネス4月23日号特集「シリコンバレーは死んだか」は、シリコンバレーの将来に対してかなり好意的な結論を出していた。むろんシリコンバレーは死んでなどいない。

 しかしこれだけのバブルが崩壊したのだから、シリコンバレーも相当傷んでおり、調整に時間がかかることを忘れてはならない。米店頭株式市場(ナスダック)下落に伴って未公開ベンチャーの企業価値が暴落し、投資家にボディーブローのようなダメージを与えているからだ。

 未公開ベンチャーの企業価値は「頂上の高さ(公開直後または自社株売却直後の企業価値)」をまずイメージし、「今はその何合目にいるのか(進捗度合い)」を判断し、その2つの要素を掛け合わせて算定する。

 だから「頂上の高さ」への期待が青天井に上がり、「進捗度合い」への判断も甘くなっていたバブル絶頂期(1998年末から2000年初頭)には、未公開ベンチャーの企業価値が信じられないほど暴騰していた。

 それが今は暴落し、ピーク時の2分の1から、場合によっては10分の1近くにまで下がっている。

「元本割れ投資」甘受するしかない
 バブル崩壊後、新規株式公開(IPO)の道はほぼ遮断され、大企業への高値での売却もままならなくなった。

 バブル絶頂期の約1年半の間に行われたベンチャー投資は約10兆円あるのだが、そのカネの行き先であった「企業価値暴騰状態で資金調達したベンチャー」はどこへ行けばよく、そのカネを出した投資家はどのようにして損を取り戻そうとするのか。これが「シリコンバレーが傷みを克服していくプロセス」の本質なのである。

 「ベンチャーの大半はどんな時代でも道半ばで死んでしまう、ほんの一握りのベンチャーの成功で投資家はリターンを得る、だから今も大丈夫なのだ」というのはシリコンバレーのプロパガンダに過ぎず、議論が粗過ぎる。その論が成立するために必要な「投資した段階での未公開ベンチャーの企業価値は適正でなければならない」という前提が崩れてしまったからだ。

 そんな未公開ベンチャーが資金を使い果たした時にどうなるか。その際の選択肢は「会社を清算する」か「企業価値を現在の常識に再設定して改めて資金調達する」かのどちらかしかない。少しでも将来に可能性を残すベンチャーは、苦しくても何とか後者の道を選ぶ。

 前回の投資ラウンドよりも企業価値が下がった状態で資金調達することをダウンラウンドと呼ぶが、前ラウンドで投資した投資家は、この段階で「元本割れ投資」の状態となるのを甘受しなければならないのである。

復活には4段階のプロセスを経て
 投資家としては、会社清算の道を選べばその投資が丸損として確定してしまうから、優れた何か(特に技術)を持つベンチャーには、ダウンラウンドで過去の投資が元本割れになってもいいから、さらに追加投資して夢をつないでいく。

 バブル崩壊後の約1年に行われたベンチャー投資も既に5兆円規模に上るが、そのかなりの部分は、バブル絶頂期に投資したベンチャーへの追加投資(この判断が甘ければ問題先送りに過ぎない)に向けられ、これからもしばらくは同じことが繰り返されていきそうな気配なのだ。

 (1)バブル絶頂期に行われたこの10兆円投資の後始末がきちんと迅速に行われ(投資家は損を確定し、破綻ベンチャーは整理し)、(2)残すことに決めて追加投資を行った筋の良いベンチャーが順調に成長して企業価値を高め、(3)それを見た株式市場がIPOの道を再び開き、(4)これから新しく生まれる本物の技術ベンチャーへの投資にもカネがきちんと流れる――という4段階のプロセスが回って初めて、シリコンバレーは本当に復活する。

 バブルの後始末の泥沼に陥って活力を失わぬよう、すべての関係者が大胆で真摯な努力を続けていくことが、今求められているのである。

掲載時のコメント:バブル崩壊後も続く巨額ベンチャー投資には正と負の両面がある。3月5日号本欄「技術ベンチャーに回帰する巨額資金」が正の側面。負も知ってもらいたいと痛感して書いたのが本稿だ。

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