ミューズアソシエイツのホームページへ パシフィカファンドのホームページへ JTPAのホームページへ 梅田望夫
the archive

危機に直面してやっと動く日本企業
利益を出す「新しい物語」が必要

2001年6月11日[日経ビジネス]より

 企業はなぜ利益を出さなければならないのか。単純ではあるが、答えるのが難しい本質的な問いである。

 私の専門は「日本の情報技術(IT)企業の経営戦略」であるが、日本のIT企業が今、歯を食いしばってでも「痛みを伴う改革」に邁進し利益を創出しようとしているのは、「技術力と経営力に優れた米国の大企業やベンチャー、そして追い上げる韓国・台湾勢らとの熾烈な競争に勝つか、少なくとも引き分けくらいに持ち込まねば、企業の生存が危うい」という「生存危機の物語」が存在するからである。

 企業によっては「利益や株価がこの低水準ではいつ敵対買収がかかっても不思議はない」と、買収を仕掛けてくるだろう欧米企業のイメージを含んだ具体的な物語に恐怖感を抱き、利益創出への苦しい道を歩み出している。

もし日産に生存危機がなかったら
 日産自動車のカルロス・ゴーン社長がたった2年間でこれだけの改革を成し遂げ、過去最高の連結決算(当期利益3311億円)を達成した背景には、やはり「生存危機の物語」が存在していた。

 しかし、競争環境がそれほど厳しくない日本企業には、「なぜ利益を出さなければならないのか」について明確な物語が存在しない。むしろ「雇用はどんなに苦しくても守り続けるべき」に代表される「コミュニティーの物語」を優先する企業が多い。

 だから、過去に作り上げてきた構造の中でそこそこの利益を上げる多くの日本企業において、もっと大きな利益、もっと高い株価を求めて、自発的に「痛みを伴う改革」に邁進する経営者は少ない。IT企業だって日産自動車だって、仮に「生存危機の物語」が薄れれば、よほど経営者がねじを巻き続けない限り、経営改革が継続する保証はどこにもないのである。

 一方、企業は株主のために存在するのだという前提をいきなり置いたうえで、「経営者のインセンティブを株価と連動させ、優秀な社員を巨額のストックオプション(自社株購入権)で鼓舞する」という単純な物語を用意するだけでは、2極分化社会の米国において通用したとしても、日本で簡単に受け入れられることはない。

 逆にそこが日本社会の良いところなのであるが、かといって「コミュニティーの物語」だけでは、優良企業に既に勤めるほんの一握りの既得権者が優遇されることにしかつながらず、社会全体としてはゆったりとした衰退を余儀なくされるだろうことにも、私たちは気づき始めている。

 非公開企業ならまだしも、パブリックな存在でありながら利益を出すインセンティブが働かない日本の公開企業の現実は深刻である。「日本の最後の拠り所」である1400兆円に及ぶ家計の金融資産も、公開企業の姿勢が変わらなければ活性化されることはなかろう。

強い企業になれば社会のためになる
 高齢化が進む日本社会において、「公開企業は株価を高めることに徹する(違う生き方を志向する企業は非公開にするオプションだって取り得る)。その姿勢が企業への投資を増進させ、株価上昇による富の増分は市場を通して年金や資産運用に依存する高齢者の生活基盤となる。それが社会全体にとっても良い」という原則が「新しい物語」として社会に根づくのが自然なのではないかと、私は思う。

 まあどんな物語でもよいのだが、少なくとも「公開企業とは、より高い株価を求め、より大きな利益を上げることをファーストプライオリティー(最優先事項)とし、より強い企業になることによってのみ社会的役割を果たすべきで、それが社会全体にとっても良いことなのだ」という信念を支える「新しい物語」が今こそ求められている。それがあって初めて日本の公開企業は、「生存危機の物語が存在する時にだけ合理的になる」という現状から一歩踏み出すことができるのである。

掲載時のコメント:米国では証明済みの「IT化の利益貢献効果」について日本で話す機会は多いが、反応は鈍い。利益を出す余地があっても動かないのは、日本企業が心底からは利益を希求していないからか。

ページ先頭へ
Home > The Archives > 日経ビジネス

© 2002 Umeda Mochio. All rights reserved.