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ブロードバンドの優位を生かせ

2002年6月17日[日経ビジネス]より

 ブロードバンド(高速大容量)では、「停滞の米国・活況の日本」との見方がすっかり定着した。ソフトバンクグループが月額2280円という格安デジタル加入者線(DSL)サービス「ヤフーBB」を開始したことで、ブロードバンドの料金水準を一気に引き下げた。加入者獲得競争にも拍車がかかり、5月末のDSLサービス利用者は300万回線を突破。今後も毎月30万回線というハイペースで増加していく見込みだ。米国にこうした勢いはない。

日本は追われる立場に
 IT(情報技術)分野では、長く米国の背中を見続けてきた日本だが、ブロードバンドでは先頭に躍り出て米国に背中を見せつけている。参考にできる手本がもう世界のどこにもない――。決して驕りや慢心ではなく、日本のIT業界は「追われる者」の孤独と苦悩を背負い込んだ。

 米国では、インターネット上で音楽ファイルの無料交換サービスを手がけていたナップスターが破産申請に追い込まれた。ブロードバンド上での有料コンテンツ配信サービスは伸び悩み、ハリウッド映画のネット配信の違法コピー問題が大きな壁となり前に進めない。ブロードバンド普及のカギを握ると見られていた有料コンテンツの開拓が進まないため、インフラ利用料が日本のようには下がらない。

 ブロードバンド料金は月額40ドル以上で高止まりし、普及スピードも実に緩慢である。米国のIT革命は、財布に余裕のある富裕層や企業にターゲットを絞ることで、インターネットバブル崩壊後の危機を乗り切ろうとしている。収益性を落とすリスクを取ってまで、料金の価格破壊を断行しブロードバンドを普及させる「拡大戦略」を選択する米国企業はない。

 もちろん、ベンチャーからの注目すべき新しい挑戦はある。例えばシリコンバレーのボインゴ・ワイヤレスという会社。無線LAN(構内情報通信網)を使ったインターネット接続サービス(通称、ホットスポット)を提供する各地の中小プロバイダー(接続業者)との共存型提携によって、全米規模での統一サービスを提供するビジネスモデルだ。同社サービスの利用料金は月10日間の利用で月額24.95ドル、1カ月無制限利用で月額74.95ドルと一般消費者にとって決して安くはない。収益性の高い地域と顧客を選別し、会員数が少ない段階から黒字化するという堅実な戦略である。

新しいビジネスモデル創出を
 インテル、IBM、デルコンピュータといった米国IT企業のトップが、「ブロードバンドの普及を急がないと米国の競争力が落ちる」と政府・議会に陳情して話題になったのは今年1月。具体的にこれといった妙案はまだ出ていないが、米国議会での議論は熱を帯びている。すべての家庭と企業に光ファイバーを引き込む国家計画が必要――。カネ、ヒト、知恵を民間活力に託すのが流儀だった米国が日本に倣い始めた。動き始めると米国は速い。そのIT国家戦略の行方には要注目だ。

 今後しばらくは、日本における社会全体へのブロードバンドの普及は、世界に先駆けて進んでいくことになるだろう。過当競争と過剰投資でサービスやインフラの供給者が完全に疲弊してしまう前に「追いつけ追い越せ」式の発想から抜け出し、「ブロードバンド時代の創造的大型事業」という世界に先例のない収益モデルを創出できるかどうか。これが日本のIT業界が直面している真の課題である。

 成功すれば日本発のIT革命がグローバルに展開していくチャンスとなる。もたつけば、いずれ米国の追撃を許すことになろう。日本がリードできる時間は残り少ないのかもしれない。

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