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「若手座談会-羽生善治を囲んで大いに語る」

2002年7月1日[日経ビジネス]より

「若者の才能を解き放て」

この原稿は日経ビジネス2002年7月1日号特別編集版に掲載された座談会の内容を転載したものです。

競争を日常として生きる3人が、
日本を閉塞させた真因に迫る。
平等なまま老いゆく日本社会。流れを変えるには、
高い能力を秘めた若者に活躍の場を与え、
その力を徹底的に引き出すしかない。
旧世代にはご退場いただこう。
(司会は本誌編集長、 野村 裕知)


 司会 今日は競争社会の中に生きる皆さんに、日本を取り巻く閉塞感をどうすれば打破できるか話し合っていただきたいと思います。
 かつて私は『将棋の子』(大崎善生著、講談社)という本を読み、そこに描かれた奨励会(プロ棋士の養成機関)所属の子供たちの凄まじい競争に驚愕しました。その激烈な競争を日常として育ってきた羽生さんには、今の日本社会はどう映るのでしょうか。

 羽生 将棋の世界が一般社会と最も異なるのは、偶然性が入り込む余地が非常に少ない点にあると思います。将棋は個人技であり、第三者の主観も入らなければ、サイコロも使わない(笑)。天候に左右されることもありません。これほど偶然性が排除されているというのは、やはり特殊な世界ですね。
 ただ、その(奨励会の)中に12歳からいる者からすれば、毎日競争に追われているという感覚はない。朝起きたら顔を洗うのと同じように、それが当たり前の日常でした。

 松本 外的な要因がほとんど介在せず、勝ち負けがクリアな世界というのは、とても興味深いです。ビジネスの世界でも、競争はあります。みんな多かれ少なかれ競争しており、何らかの形で優劣を評価されている。ただ、日本のビジネス社会では、その評価基準があいまいなため、どの方向に向かって努力してよいのか分からない。羽生さんのお話を聞いていて、日本社会に足りない1つの大事な要素は、クリアな評価基準だと感じました。

梅田 望夫 うめだ・もちお 氏
ミューズアソシエイツ代表
1960年8月生まれ、41歳。
慶応義塾大学卒業、東京大学大学院情報科学科修士。
88年、米コンサルティング会社、アーサー・D・リトルに入社。
97年5月に独立し、コンサルティング会社ミューズアソシエイツを設立。
94年からシリコンバレーに暮らす。

羽生 善治 はぶ・よしはる 氏
棋 士
1970年9月生まれ、31歳。
82年二上達也九段門下、
85年四段プロ棋士となる。
89年竜王戦で初タイトルを獲得。
94年史上初のタイトル6冠、
96年には7冠王に。
圧倒的な強さで棋界に君臨する。

松本 大 まつもと・おおき 氏
マネックス証券社長
1963年12月生まれ、38歳。
87年東京大学法学部卒業後、
ソロモン・ブラザーズ・アジア証券に入社。
90年4月ゴールドマン・サックス証券に転じ、
94年11月ゼネラル・パートナーに就任。
99年4月マネックス証券を設立、同社社長に


 梅田 僕は将棋が大好きで、羽生さんの活躍もワクワクしながら見てきたクチなんですが、羽生さんたちの世代の登場によって、将棋の世界は大きく変わったと感じています。もう十数年前になるでしょうか、羽生さんは「将棋は頭脳のスポーツだ」といった意味のことをおっしゃった。確かに今ではトーナメントプロと、それ以外の棋士がはっきりと二分されるなど、プロスポーツに似た構造になってきた。
 米国で仕事をしていて感じるのも、米ビジネス界のプロスポーツ化です。シリコンバレーであれ、ウォール街であれ、卓抜した能力を持った連中が毎日ギリギリの競争を演じ、分かりやすい勝負結果を突きつけられる。いわゆる知能社会、知価社会には、スポーツの世界に似たはっきりした判定基準がなじむと思います。


競争社会には序列が必要
 松本 競争社会には2軍、3軍が必要です。将棋の世界もプロスポーツの世界もそうですよね。「段位」や「下部リーグ」があるからこそ、真の実力者が勝ち残る。米国社会はそうした序列構造を用意しています。日本では都市銀行と言えば、それで各行横並び。でも、米国の金融機関の場合、世間一般の認識として、一流、二流、三流の区別が明確にある。約30万社の株式が何らかの形で売買されている証券市場も同じ。ニューヨーク証券取引所を頂点とする多層構造になっている。

 梅田 世界の大きな流れが二極分化に向かう中で、日本社会は平等なまま高齢化を迎えている。この2つの組み合わせは日本の不幸だと思います。
 20年前の日本企業はもっと若かった。40歳前後の人が大きな仕事をしていたはずです。ところが、今の日本企業には50歳前後の人が溢れており、30代、40代に大きな仕事が回ってこない。変化のスピードが速くなって、本来なら若くて体力、気力、知力の充実した世代がやるべき仕事を中高年がやっている。世界との差はすごく開いていると感じます。

 松本 経済同友会の会員の平均年齢は、過去20年間で20歳近く上がっているんですよ。つまり世代交代が全く進んでいない。最近強く感じるのですが、この同友会世代というか60代半ば以上の人たちの作った枠組みこそが問題ではないでしょうか。彼らは、焼け野原となった日本を世界第2位の経済大国に引き上げた。しかし、世界に類を見ない例外的なプロセスには何らかの不自然さがあるはずです。
 日本が経済大国の道を歩むに当たって寄与した諸制度や枠組みを作ったのが彼らの世代だとすれば、そこには、「世代の無意識」が働いていると思う。結果的に自分たちが優遇されるような形で制度、枠組みを作ってしまったのではないでしょうか。

 梅田 同感です。構造改革の論議をいくら聞いていても、40歳以下、いや35歳以下かな、この世代の人たちの能力を徹底的にレバレッジ(テコの原理で増幅)していこうという話は出てこない。優れた才能を解き放ち、今の100倍発揮してもらい、社会全体でそのエネルギーを生かさなければいけないのに。耳にするのは若者の学力低下みたいなものばかり。今の若者はダメだという話はいろいろなところで聞きますが、僕は信じない。自分の周囲を見渡しても、若い人のポテンシャルは間違いなく上がっています。


後輩の発想に驚かされる
 羽生 私は今31歳で、年下の人と対戦する機会が増えてきました。そこで思うのは、後輩の将棋はしっかり見なければいけないということです。例えば、4段5段の人や、まだプロになっていない人と指した時に、その人の手が分からないことが時々あるんです。どういう意図で指した一手なのか分からない。対局が終わって、あれこれ考えたりしていると、あっ、こういう方針だったのかと気づくわけです。
 できるだけ情報を集め、最新の型も研究しているつもりですが、それでもこういうことがある。恐らく私の中にも固定観念が形作られているのでしょう。プロの将棋界は百数十人の世界ですが、いつも対戦する相手は10人程度。同じようなメンバーの中で指し続けているうちに、その中である種の暗黙の了解のようなものが出来上がる。これはきれいな手であり、これは筋が悪いといった仲間内の共通認識が形成されていく。
 このままでは変化に対応できなくなってしまう。それだけは避けたいですから、若い人たちの将棋は極力意識して見るようにしています。

 松本 将棋の世界には年齢的なピークはあるんですか。

 羽生 定年はないので、10代から60代までが一緒にやっていますが、やはり、対局時間が長いですから、体力的な面から見て20代か30代。40代になって第一線で活躍するのはかなり大変だと感じます。

 司会 プロ野球の世界では、古手の評論家などが「松坂(大輔選手)がいくら速いと言っても、沢村(英治選手)など昔のピッチャーの方がずっと速かった」なんて言いますよね。

 松本 あれは絶対ウソ。もし世代を経るごとに人間の能力が低下しているなら、数学的帰納法を当てはめれば、今頃、人類は直立二足歩行ができなくなっている(笑)。
 コンペティションの世界は、羽生さんのような頭脳競技の場合でも、スポーツ種目でも、世界中でトッププレーヤーの年齢はほぼ同じですよね。つまり、自由な競争を演じていて客観的な評価基準がある世界では、能力を最も発揮できる年齢はほぼ似通っている。それなのにビジネスの世界では最も活躍している世代が日米で20歳も30歳も離れている。客観的な基準がないゆえに、日本では選ばれるべき人が選ばれていないと思うわけなのです。

 羽生 この世界にいるせいか、才能とは何かということをよく考えます。私は、才能の持ち主というのはあちこちに存在すると思っています。ただ、才能そのものと同じくらい重要なのが、才能を発揮するための環境ではないでしょうか。

 松本 日本に三角ベースしかなかったらイチロー選手は生まれなかった。野球という日米共通の制度があったから今のイチローがいる。

 梅田 それに関しては僕にも一案があるんです。若い日本人を1万人、シリコンバレーに移住させるというプロジェクトを考えていて、NPO(非営利組織)を作ってその受け皿になれないかと…。結構真剣に考えています。
 シリコンバレーには世界中から若者が集まっている。中国やインド、東欧などから米国の大学に留学した連中が、そのまま米国に残り、働いている。やがて彼らは母国に帰り、そこで起業する。台湾や中国のベンチャー企業の原動力はそうした留学組です。
 日本でも、かつてなら東京大学に進んでいたような人たちが、米国の大学に進みたいと考えるようになっている。ただ、米国の大学で学んだ後、どうすれば米国企業で働けるかといった知識を彼らは持っていない。だから、米国で学び働く方法を教え、彼らを手助けしたい。こうした経験を持つ若者が日本に戻るようになれば、日本社会は相当変わります。

 松本 国の政策として実施してもいいくらい大事なテーマだと思います。留学生1人にかかるカネは年間300万円くらい。5万人を送り出したとして1500億円、大型のダムを1つ作るくらいの費用です。そこから得られる効果を考えれば安いものですね。子供を送り出した家庭は、代わりに海外からの留学生を迎え入れてもらいたい。諸外国のビジネスや政治の世界に、日本を理解した人を増やすメリットは計り知れないですから。

 梅田 ついでに将棋も学んで帰ってもらう(笑)。

 羽生 今、中国で日本の将棋を普及させようと、1人の方が2万人くらいの中国の子供に将棋を教えている。私個人としては、将棋が世界に広がるのは歓迎ですが、なにしろ中国は人口10億の国、本格的に将棋が普及したら、本家が勝てない柔道のような状況になるかもしれない。だから、将棋界の中には、そんなことはやめろという意見もあります。ウィンブルドン現象ではありませんが、自分たちの領地で活躍するのが外国勢ばかりという状況に、抵抗を感じる人は多いでしょうね。


優秀な人は日本を見捨てる
 松本 優秀なプレーヤーが海外から集まってくるウィンブルドン現象は全然構わない。むしろ怖いのは、優秀な日本人が日本を見捨てることの方です。財政が破綻してしまったこの国が、なぜまだ機能しているかと言えば、若い人たちに負担を肩代わりさせられるからです。ところが、若くて優秀な人材が日本を捨てれば、残るのは借金と老人だけ。現実に、この動きは始まっている。20代、30代の投票率の低さは、政治への無知無関心ではなく、負担を無理矢理背負わされようとしている世代が、今の政治を信任していないという意思表示だと受け止めるべきだ。
 先ほど話題になった学力低下なんて、これと比べれば取るに足らない、というか、より深刻な問題を隠す言い訳みたいなものです。学力低下というのは感情に訴える力があるから、受けがいい。今、直さなければならないのは、コーポレートガバナンス(企業統治)や税制あるいは選挙制度といった目の前にある制度のはず。若い連中はダメだといった感傷的な議論で、本当の問題から目をそらしている場合ではない。

 梅田 そのためにも、若い世代が自分たちの力を証明する場所が必要です。羽生さんの世代は、ここ10年間、将棋界の中で圧勝してきた。ビジネスの世界でも、若手が活躍できる場があれば、同じことがあちこちで起こっているはずです。

 松本 今の制度を壊さないとダメですね。レーガンもサッチャーも壊した。自分たちの世代の枠組みをいったん破壊したうえで、次代に道を開いた。つまり責任を取った。日本にはそれがない。国民全体の意識と指導層のそれが大きくかけ離れているということは本来、革命の要件のはずだが、日本は変わらないですね。

 羽生 日本に将棋が入ってきたのが800年前、現在のルールが確立したのが400年前と言われます。その間に当時の日本人の価値観がルールに反映していったはずです。例えば、チェスや中国の将棋は、取った駒は使えません。盤上の駒の数は減るばかりです。これなど、敵を根絶やしにする異民族間の戦争を連想させます。一方、日本の将棋は、分捕った敵の駒は自分の戦力。同じ民族同士のためか、敵を根絶やしにはしない。
 あるいは、駒が相手陣地に入って「成る」。これは手柄を立てた侍の出世に似ている。持ち駒の歩で玉を詰めてはいけないというルールは、私は革命の否定だと解釈しています。

 司会 日本の社会は昔から、下克上までは許すが、革命はダメだったというわけですか。

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