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今こそ上場の意味を問い直せ

2002年7月22日[日経ビジネス]より

 6月4日、日立製作所は米IBMのハードディスク駆動装置(HDD)事業の買収を発表、業界最大手の米シーゲート・テクノロジーを追撃する体制を作った。意外と知られていないのは、相手のシーゲートというシリコンバレーの老舗(1979年創業)が2000年に上場を廃止していたことだ。株式市場の圧力を回避した状態で業績を伸ばし、最大手の座をしっかり維持していた。

市場の圧力から解放
 「他のすべての船が暴風雨の海にこぎ出す中、我々は安全な港を得た」とは、上場廃止当時のステファン・ルソー最高経営責任者(CEO)の発言である。

 ドットコム企業にばかり高い株価がつき、シーゲートのような旧来型企業に対する市場での評価が著しく低かった2000年、シルバーレイク・パートナーズを中心とする投資ファンドが経営陣と合意のうえ、シーゲートのHDD事業を買収し上場を廃止した。

 その結果、経営陣は広範なIR(投資家向け広報)活動や市場からの短期的業績向上プレッシャー、株主代表訴訟リスクなどから解放され、事業運営に専念できるようになった。長期的視点に立った経営戦略を練ることも可能になった。上場廃止時にストックオプション(自社株購入権)の再設定も行われたため、事業の中枢を担う人材の流出も回避できた。IT(情報技術)不況の真っただ中、これだけの巨大企業が株式非公開の状態でV字型回復を遂げている。上場廃止の決断とその後の経営については高く評価すべきであろう。経営者が投資ファンドを敵対視するのではなく、パートナーと見なして戦略的に活用した珍しい事例と言える。

 シーゲートが再上場するという噂は、シリコンバレーでちらほらと出始めている。先行き不透明な米国株式市場への再上場に、同社はいつ踏み切るのか。シーゲートは「米国株式市場への信認」に関するリトマス試験紙のような役割を果たすかもしれない。

 6月24日、米ゼネラル・エレクトリック(GE)は企業間電子商取引の子会社「GEグローバル・エクスチェンジ・サービシズ(GXS)」を投資ファンドのフランシスコ・パートナーズに売却した。この例でも、投資ファンド側は非公開の状態で事業をじっくり育ててからの再上場を目論んでいる。

投資ファンドを改革に生かせ
 日本の公開企業もそろそろ真剣に「株式上場していることの意味」を問い直す時期に来ているのではないか。株価純資産倍率(PBR)が著しく低下し、自社の価値が市場から不当に低く評価されていると経営者が確信するならば、シーゲートのように投資ファンドを戦略的に活用して上場廃止に踏み切り、市場の外で、自らの信ずる経営を思う存分やればいい。企業価値を高めたうえで再上場を果たせばいい。

 市場への不信を口にするだけでなく、そんな大胆な行動を取るべき時が来ている。

 総合電機に代表される日本のコングロマリット(複合企業)は「選択と集中」を標榜しながら大きな成果を上げられず、緩やかな衰退への道を歩んでいる。同じような事業を各社が続けるがゆえに、人材・資本・技術の分散化と過当競争が起こり、誰も儲からない構造に陥っている分野がたくさんある。各社が事業部門や子会社を投資ファンドに売却し、それらを集約して「世界に通用する新しい専業企業」を創る――。こんな大胆な戦略を描く時だ。

 投資ファンドの莫大なリスクマネーを破綻企業の処理だけに使うのはあまりにもったいない。産業構造改革のツールとして創造的に活用すべきだ。

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