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誰のためのビジネスモデル特許

2000年5月1日[日経パソコン]より

 ビジネスモデル特許については、とにかく早く何とか仕組みを変えなければ駄目だ。放置すれば、ネット産業の発展に暗雲が漂うことだろう。

 2月末、米アマゾン・ドット・コムは、「顧客を紹介してくれたサイトに対し、売り上げの一部を還元する」アフィリエイト・プログラムと呼ばれるネット事業の仕組みが、同社のビジネスモデル特許として認可されたことを発表した。

 3月半ばには、米アカンパニー(つい最近、社名をモブショップに変更)が、「ネット上で同じ製品を購入したい人の注文を取りまとめることで、サプライヤーからボリュームディスカウントを受ける」グループ購入サービスの仕組みが、同社のビジネスモデル特許として認可されたと発表した。

 現行の法律では、特許取得者にはその特許の「20年間の独占利用」が認められ、特許を侵害する競争者に対して訴訟を起こし、その技術の利用を差し止める事が出来る。

 ところで、アマゾンのアフィリエイト・プログラムの特許申請は1997年に、アカンパニーのグループ購入サービスの特許申請は98年に行われたものである。急激なスピードで進化するネット産業において、アフィリエイト・プログラムもグループ購入サービスも、今では、ネット事業を行なううえでの当たり前の事業コンポーネントとなってしまっている。1年も2年も前に行なった特許申請が少し早かったかどうかの結果が、時限爆弾のように破裂して、産業界に不当なインパクトを与えるのはいかがなものであろうか。

 しかも、97年頃から活発に申請されたビジネスモデル特許は数万件に上り、「既に当たり前となったネット事業の仕組み」が、特定企業のビジネスモデル特許として続々と認可されてくる公算が強いのである。ネット産業の混迷はもう間近に迫っている。

アマゾンは特許権を自主規制
 「ネット時代の法体系」の権威、ハーバード大学ローレンス・レシグ教授は次のように語る。

 「特許というのは規制の一つなのだ。『誰がどのアイデアをどれくらい長く使う事ができるか』を政府が定める規制だ。しかも、慢性的過労状態にある特許審査官が、あまり時間もかけずに、どの発明が『新規で、当たり前の概念でなく、役に立つ』ものかを決定するのである。こんなおかしな話はない。ただちに議会はこの問題の解決に立ち上がるべきだ」

 フリーソフトウエア界の重鎮、過激なコメントで有名なリチャード・ストールマンは、アマゾン-バーンズアンドノーブル訴訟で対象となった「ワンクリック特許」(消費者のデータをサイトに保存し、ボタンをクリックするだけで商品を購入できるようにする仕組み)について、「eコマースにとって重要かつ当たり前の技術」と断じ、この特許を振りかざして訴訟を起こしたアマゾンに対して不買運動を展開すべきだと主張。返す刀で「アマゾンにこんな特許を取得させる政策は愚かという以外ない」と行政の姿勢をもバッサリ切り捨てる。

 そんななか、3月半ば、アマゾン創業者ジェフ・ベゾスは、自らが取得したビジネスモデル特許も含め「特許権の制限」を提案。特許の有効期間の短縮(3〜5年)、認可プロセスの公開といった改革を訴えた。「アマゾンは特許権を放棄すべし」という過激な主張に対してはノーと言ったわけだが、新しい秩序作りの先鞭をつけたという意味でベゾスの姿勢は高く評価できる。

 それに引き換え、3月末に特許商標庁が発表した「特許審査方法の改善案」は、審査段階を増やすだの、審査結果を上級審査官がチェックするだの、いかにもお役所仕事的な対応で実にがっかりさせられた。

 レシグ教授は、きちんとした法改正の議論が行なわれるのを待つだけでなく、「取得されたビジネスモデル特許を競争者に攻撃的に使用することだけは少なくとも一時停止させる(モラトリアム)」措置がただちに議会で宣言されるべきだと主張する。私はレシグ教授の主張に100%賛成である。加えて、特許を取得したネット企業が短期的・利己的な行動を慎み、産業の長期的繁栄を目指す「新しい秩序作り」に取り組むことを期待してやまない。

掲載時のコメント: 資本主義の根幹を揺るがすネット革命が本当に成功するか否かを考えていくと、最後は「起業家のモラル」というところに行き着いてしまう。ウェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」以来の本質的テーマを今こそ真剣に考えなければならないと思う。

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