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コンテンツビジネスを揺がすNapster

2000年6月26日[日経パソコン]より

 『米ビジネスウィーク』誌5月15日号の表紙を見て驚いた人が読者の中にいたら、日本人としてはかなりのマニアだと言っていい。アマゾンのジェフ・ベゾス、ヤフーのティム・クーグル、ソフトバンクの孫正義、イーベイのメグ・ウィットマンという、いささか食傷気味な4人の大物と並んで、見慣れない坊主頭の若者が、着慣れないタキシードに身を包んでかしこまっているからだ。

 若者の名はショーン・ファニング。彼があるソフトを作ってしまったことで、もう米音楽産業界は「古き良き牧歌的時代」には戻れなくなってしまった。シリコンバレーでは「Too Late」(もう手遅れ)という言葉を使って、彼の始めてしまったことの重大さを語るのが、最近の挨拶代わりになっている。19歳の彼が開発したこのソフトの名を「Napster」(ナップスター)という。

 Napsterは無償で誰もがダウンロードできるから、Netscape Navigator登場時と同様、燎原の火の如くあっという間に世界中に普及しつつある。たったの6カ月間で、Napsterは900万人のユーザーを得てしまった。いかにスピードが命のネット世界とはいっても、この普及スピードは尋常ではない。

 ある音楽が聴きたいと思った時、このソフトとNapsterのサイトを組み合わせると、「ネットにつながっている世界中のPCのハードディスクのどこにその音楽のMP3ファイルが存在するか」を知ることができる。そして「その音楽のありか」(誰かのPC)から直接MP3ファイルを入手することができるようになる。つまり、音楽配信事業を指向する特定サイトを介すことなく、聴きたい音楽を無償で簡単に入手できる仕組みがいきなり用意されてしまったのである。

 音楽業界が震撼した理由は、もう明らかであろう。

 Napsterが世界に普及した状態をイメージしてみればいい。

 世界中の誰か1人がMP3ファイルをハードディスクに格納した瞬間に、世界中のすべての人が無償でそのファイルを共有できるのである。今のインターネット環境ではまだぴんと来ないかもしれないが、ブロードバンドで常時接続が当たり前になった数年後の世界を考えてみれば、そのインパクトの大きさがよく分かるはずだ。

“Napsterもどき”も続々登場か
 技術的にいえば、Napsterというソフトは、ネットにつながっている私たちのごく普通のPCにサーバーの役割をさせてしまうという、実に単純な「コロンブスの卵」のようなソフトである。

 だから、素人と言っては少し失礼だが、普通の大学の一年生にも簡単に開発できたわけだ。そして、だからこそ“Napsterもどき”のソフト開発が色々なところで進んでいて、どうにもこうにも止めようがないのである。

 いま音楽業界は、Napsterへの著作権侵害訴訟を起こしつつも、Napsterを仮につぶした後にも次々と生まれるであろう“Napsterもどき”に対して本能的恐怖を感じているに違いない。そして、訴訟に勝つことですべてを解決できるなどという単純な話ではないことも理解し、新しいビジネスモデルの構築に走り出さざるを得なくなってしまった。

 少し哲学的に言えば、Napsterは既に、コンテンツビジネスの根底を揺るがしてしまったのかもしれない。

 つまり、音楽であれ、映画であれ、ビジネス情報であれ、「コピーにかかるコストが限りなくゼロに近い」という本質的特性を有する「デジタル情報」に対して、「1個いくら」と値段を付けるビジネスは「ネット時代にはもう成立不可能」という証明がなされてしまったのかもしれない。

 もしそれが正しいとすれば、コンテンツ産業界は「1個いくら」ではなくて、どんなビジネスモデルを用意すればよいのだろう。

 この坊主頭の若者には、産業界に対してそんな難題を突き付ける意思など全くなかったはず。「思いつき」をソフトにして公開しただけだ。その無邪気な現実が、ネット時代の強烈さをさらに鮮やかに浮かび上がらせている。
 かくして相も変わらず、産業界の破壊だけが急速なスピードで起こり続けるネット時代なのである。

掲載時のコメント:1月10日号で紹介したトランスメタは「真の要注目企業」に成長、インテル対抗候補としての存在感を日に日に増している。4月にはAOL、コンパック、ソニーらから資金を調達。今年後半にはトランスメタ・Linuxマシンも登場か。

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