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“究極の分散処理”がもたらすもの

2000年9月4日[日経パソコン]より

 ショーン・ファニング(Napsterの開発者)がネット産業界の大物たちと並んで着慣れないタキシードに身を包み『米ビジネスウィーク』誌5月15日号の表紙を飾ったという話を、前回の本欄でご紹介した。

 それから約3カ月。今度は普段着を着たファニングが、たった1人でじっとこちらを見つめている写真が、同誌8月14日号の表紙となった。おそらく普通の人ならば一生かけても経験できないような出来事の連続が、彼のこの3カ月には凝縮されていたのだろう。

 米国でも日本でも、ほんの数カ月前にはほとんど誰も知らなかったNapsterだが、連日の報道でその全貌を多くの人が知ることになった。Napsterが全世界に普及してしまえば、音楽はネット上を事実上無料で自由に流通し、既存の音楽産業は早晩瓦解してしまうであろうことを。

 そんななか、さる7月26日(水)にはNapster業務停止が米連邦地裁によって仮決定され、その翌々日の28日(金)、業務停止仮処分延期が認められた。依然Napsterは生きているが、いつその生命維持プラグが抜かれるか分からないという状況にある。

 しかしNapsterは、時代の大きな転換点を鮮やかに提示したという意味での歴史的役割を、もう果たし終えてしまったのかもしれない。

 それほど、時代の新しい大きな流れは、Napsterを踏み越えてさらに先へ先へと進もうとしている。

 ネット産業の創出には、「既存産業の破壊」という攻撃性と「新産業の構築」という創造性が、セットで組み込まれていなければならない。Napsterは、破壊的側面における秀逸さで一躍脚光を浴びたが、持続的収益を上げ得るビジネスモデルの構築という努力は、まだ緒についたばかりであった。

ヤフーやイーベイの潜在的驚異に
 時代の大きな流れの第一は、「既存産業の破壊」にのみ焦点を絞り、「新産業の構築」を放棄する勢力の台頭である。「Napsterが使えなくなったって大丈夫さ」という昨今の議論の中で必ず引用されるGNUtella(グヌーテラ)が、その代表である。GNUtellaはオープンソース・ソフトであり、会社組織を作って「いずれは某かの事業を」という野心など存在しない。Napsterは「新産業の構築」という意図を持って会社組織になったから法的措置の対象となり得た。しかし、GNUtellaはそうはいかない。

 「Information wants to be free」(情報は無償であることを欲している)なんていう実に抽象的なスローガンで、NapsterやGNUtellaを支援する学生も少なくない。

 時代の大きな流れの第二は、Napsterの基本的性質を、「音楽産業の破壊」という小事(当事者にとっては大事であろうが)にではなく、もっと広く応用してしまえと考える勢力が台頭してきたことである。

 Napsterの基本的性質とは「究極の分散処理」である。「プロセッサーとメモリーと大型ハードディスクを持つ」膨大な数のパソコンがネットでつながっているのだから、何かをするとき(Napsterの場合はファイル交換)に、中央サーバーに過度に依存するのではなく、ネットにつながった世界中のパソコン資源をすべて活用できる枠組みを考えようという思想である。一例を挙げれば、カリフォルニア大学バークレー校で開発されたインフラサーチという分散検索エンジンをベースとしたgonesilent.com。この検索エンジンはGNUtellaをプラットホームとして、その上に作られているようだ。

 仮にこの思想のもとで、「既存産業の破壊」だけでなく「新産業の構築」をもセットで併せ持つ勢力が登場すれば、中央サーバーによる集中処理という思想を軸にネット産業黎明期の主役を張ったヤフーやイーベイの潜在的驚異となることは間違いない。

 ここ数カ月の「ネットバブル崩壊」騒動の中、生き残った「持続的収益を上げる仕組みを確立したかに見える数少ない大型ネット企業」ヤフー、イーベイが、より本質的な問題提起によって将来の不安を胚胎したという意味で、第二の流れの方がより本質的で面白いが、まだまだ水面下での動きが始まったばかりという段階にある。

掲載時のコメント:激震が直撃した音楽産業にとって、Napsterのインパクトは実に直截的だ。分かりやすい。しかし、Napsterが道を開いた「ネット産業全体の構造に及ぼすインパクト」は、ひょっとするとそれを大きく凌ぐものなのかもしれない。

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