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マクロで行くか、ミクロに行くか

2001年3月12日[日経パソコン]より

 物理的にも精神的にも、シリコンバレーと日本を行ったり来たりしながらの生活を続けていて、最近強く感じることがある。

 それは、どうして日本の人たちはマクロなことばかりに注目し、どうしてシリコンバレーの人たちはミクロなことばかりに強い関心があるのだろう、ということである。

 日本の人たちの多くは、情報技術(IT)産業全体の行方、ネット産業全体のこれから、シリコンバレー全体の盛衰、といった実にマクロな視点で世界を眺めている。だから、米国経済のスローダウンやドットコム企業群の倒産や大企業でのレイオフやカリフォルニア電力危機といった報道が重なると、「マクロ的に見てこれからかなりまずいことが起こる」のではないかという視点を持つわけだ。それはそれで一つの真実ではある。

 一方、シリコンバレーの人たちは、楽観的というか、あまり深く考えていないというか、マクロなことに対しては「なるようにしかならんだろう」(一個人としては実に正しい考え方だ)という感じのいい加減さで処し、良く言えばミクロなこと、悪く言えば自分のこと(自分の会社、自分の事業、自分の投資、自分の生活)だけを考えて毎日を過ごしている。

 「マクロ的に見てこれからかなりまずいことが起こる」かどうかはまぁどうでもいいと思っているけれど、「自分だけは成功しよう」「自分だけは生き残ろう」というエネルギーだけは充満しているのである。

 「IT革命という長期的傾向は明らかなので、このエネルギーさえ尽きなければいろいろと面白いことが起こるだろう」という、これまた日本の人たちからすると何とも消化不良な結論を丸呑みして、皆相変わらず興奮し続けている。そして資金も枯渇していない。

ミクロの積み重ねで突き進む米国
 前回の本欄「ネット産業第2ラウンドの行方は?」で、「未公開段階できちんと利益の見込める会社にしてからでないと公開できない」という新しいルールがこれからは適用されると書いたが、結局、ネットバブル崩壊後の世界がどうなるのかについての結論は、マクロの議論からは導かれない。未公開有望ベンチャー・公開直前300社(別にそういうリストが存在するわけではないのだが)が、2001年をどう過ごすのかというミクロなことの集積にすべてがかかっているというのが、私の皮膚感覚である。

 この300社というのは、B2C、B2B、ワイヤレス、ブロードバンド、通信機器、エンターテインメント、半導体、ソフトウエアなどなど、あらゆる分野に広がり、荒っぽくいえば、未公開段階の時価総額で80億円から200億円くらい、従業員数が50人から200人というイメージである。その誰もが「自分だけは成功しよう」として、「きちんと利益の見込める会社」に早くなるための猛烈な競争を行なっている。むろん連中には、マクロなことを考える暇も意志もない。

 例えば、その新しい競争の一環で避けて通れないのがレイオフである。ベンチャーというのは実にローコストで運営されているから、コストを絞ろうとすれば人件費しかない。よってレイオフは、ミクロには当然の施策である。だからシリコンバレーでは誰もレイオフには驚かない。

 むしろベンチャーは、あるときレイオフしたとしても、その後資金調達に成功すれば、そのとたんに地獄から天国に一夜にして転じ、一気に優秀な人材の獲得に走るから、全体としてレイオフがかなり大量に行われていたり、倒産する会社がかなりあるということは、必要なときに良い人材が採用しやすくなるという意味で、ミクロにはプラスと、シリコンバレーの人たちは考えるのである。日本の人たちからは、こうした論理は、根拠のないボジティブシンキングに映ってしまう。

 ただ、何はともあれ、IT革命というのはフロンティアであるわけで、このフロンティアを切り拓くには、マクロには少しバカになってでも、ミクロに没頭することが大切なのだなぁ、とつくづく感じる昨今である。

掲載時のコメント:「経営が4半期(3カ月)でできること」の量の多さに愕然とすることがある。日本企業に比べ少なくとも四倍速で米国企業は動く。このことを頭の片隅に置き米国経済を見つめてほしい。

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