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AT&Tの相次ぐ買収で高速アクセス時代の幕開け

1999年8月1日[日経PC21]より

 AT&Tが巨額を投じてケーブルテレビ会社を買収した。次世代インターネットをにらんだ複合事業体戦略だ。ベンチャー企業による低速サービスに代わって巨大メディア企業が参入する高速インターネットサービスが始まる。

 この連載は、タイトル「シリコンバレー・クォータリー」の通り三カ月に一回であるが、前回の5月号(新時代の果実独占を狙いAOL、AT&Tが陣取り合戦)で、私は、1994年から98年までの5年間と、今年からの5年間とでは、インターネット産業の動きは全く違うものになると分析した。

 94年からの5年間を「インターネット産業の萌芽期」と呼ぶとすれば、これからは「インターネット産業の興隆期」に入る。 「ビジネスモデルを模索する時代」から「リアルマネーが見えた時代」へ、「技術指向企業の時代」から「顧客指向企業の時代」へ、「個別技術、個別サービスを提供する時代」から「巨大な複合事業体が総合サービスを提供する時代」へ。

 この三つの大転換が、萌芽期から興隆期への変遷を象徴することを解説した。

 いつもながら、米国インターネット産業の動きは激しく、この3ヶ月の間にもたくさんのことが起きたが、どうやら99年米国インターネット産業のキーワードは、ブロードバンド(広帯域幅)で決まりと言ってよさそうだ。99年の十大ニュースを先取りするにはまだ早すぎるが、間違いなくトップスリーの一角に入るであろう出来事が、ゴールデンウィーク前後に起こった。

 長距離電話最大手のAT&Tが、CATV(ケーブルテレビ)4位のメディアワンを総額625億ドルで買収したのである。

 この買収が確定した翌日には、マイクロソフトのAT&Tへの50億ドルの出資も決まり、ゴールデンウィーク明けの金曜日(5月7日)の日本経済新聞一面を飾ることとなった。メディアワン買収は、「巨大な複合事業体」を目指すAT&Tの合従連衡戦略の総仕上げと言え、そのキーワードがブロードバンドなのである。

 AT&Tと激しい競争を繰り広げながら、やはり複合事業体を目指すアメリカ・オンライン(AOL)の株価は、AT&Tがメディアワン買収提案をした四月下旬から買収合意が成立した五月上旬にかけて約20%も下落した。

 株価対策という意味もあろうが、その直後の5月11日、今度はAOLが、衛星放送会社のディレクTVらとの企業連合によるデジタル双方向放送サービス「AOL TV」への進出を発表した。もちろんこちらのキーワードも、ブロードバンドである。

 ブロードバンドによって、より大量の情報が送受信できること(つまり高速インターネット・アクセス)が当たり前になれば、インターネット産業の姿が一変してしまう。

 簡単に言うと、現在の低速アクセスに比べて二桁スピードが速くなる世界と考えればいい。1時間は60分、1分は60秒だから、60倍スピードが速くなる世界はイメージしやすい。

 今まで一時間かかっていたこと(たとえばソフトや映像のダウンロード)が一分に、今まで一分かかっていたこと(たとえば画像を多く含むホームページへのアクセス)が一秒でできることを想像すればいいからだ。

 この変化が、これから始まる「インターネット興隆期」のもう一つの重要な視座なのである。

 一連のAT&Tの合従連衡戦略とは、米国家庭へのブロードバンド・アクセスを提供する物理インフラであるCATVを押さえ、テレビ、電話、高速インターネット・アクセスを総合的に提供することを目指している。

 現在、普通の米国家庭では、テレビ放送はCATV会社と契約 (一部の人が衛星放送会社と契約)して受信する。電話については、地域電話会社と契約して、ローカル電話をいくらかけても一定料金というパッケージを買い、長距離電話会社を一つ選ぶ。

 インターネット・アクセスについては、ISP(インターネット・サービス・プロバイダー)と契約し、プロバイダーが提供するローカル・アクセスポイントに電話する(一定料金だからつなぎっぱなしにしても余計な電話代はかからない)ことで、30キロビット/秒前後の低速アクセスを確保する。

 携帯電話や長距離電話、ペイ・パー・ビュー(見た時点で課金される新作映画や特別のスポーツイベントなど)のテレビ番組を除けば、テレビと電話と低速インターネット・アクセス(つなぎっぱなし可能)すべて込みで月額100ドル以下ですむ。

 これが典型的な米国家庭の情報インフラへの支出である。

 毎月の料金を支払う対象は、地域電話会社、CATV会社、プロバイダーである。このうち地域電話会社とCATV会社が、家庭への物理インフラを保有し、プロバイダーは物理インフラを持たない。

 現在の低速インターネット・アクセスは物理インフラとして電話線を前提としていたが、ブロードバンドの世界の物理インフラとしては、CATV会社が保有するケーブルが本命、地域電話会社が保有する電話線を活用するDSL(デジタル加入者による高速電話回線)が対抗、衛星経由でというのが穴である。

 この新時代の物理インフラを持たず、代わりに潤沢な資金を持っている長距離電話会社AT&Tは、ここ一年半の間に、10兆円以上の金を一気につぎ込みつつ[CATV第2位のテレ・コミュニケーションズ(TCI)と第4位のメディアワンを買収]、提携戦略[CATV第一位のタイム・ワーナーと第三位のコムキャストと提携] を次々とまとめることで、本命のケーブルへのアクセス(全米家庭の約60%)をほぼ手中に収めたわけだ。

 現在、ブロードバンド・アクセスを高額ながら買っているユーザーは、全部で九〇万人弱。本命のケーブル経由が約70万人、対抗のDSL経由が約15万人、穴の衛星経由はまだ2万から3万である。

 しかしブロードバンド・アクセスの価格競争が昨年から始まり、月額50ドル以下のサービスがCATV会社や地域電話会社から提供されるようになると、これから三年で、ユーザー数は少なくとも現在の10倍から20倍に伸びると予測されている。

 今年から始まる「インターネット興隆期」最大の見どころは、ブロードバンドを前提とした新しいサービスが百花繚乱のごとく登場してくることである。

 94年から98年まで続いた「インターネット萌芽期」に生まれたサービスはすべて、低速インターネット・アクセスを前提とした、つまり低速インターネット・アクセスでも十分に価値が感じられるサービスばかりだった。

 開花した新サービスは、ヤフー、エキサイトなどのポータル、アマゾン・ドット・コムやバイ・ドット・コムのように比較的単純な製品(本、CD、コンピューター)の通販サービス、Eトレードのようなオンライン証券取引サービス、eベイに代表されるオークション・サービス、Cネットのようなテキスト中心のニュース提供サービスなどである。

 初期のヤフーの成功要因の一つは、情報量が幾何級数的に増えていっても、28.8キロビット/秒でユーザーがアクセスした時に、いらいらしないユーザー・インターフェースを守り続けたことにあったが、彼ら成功者に共通するのは、常に、低速インターネット・アクセスを前提としてサービスをデザインしていたことだ。

 さて、ブロードバンドの世界をイメージするために、www.snap.comにアクセスしてみよう。スナップは米三大ネットワークの一つNBCが、ブロードバンド時代のポータルを目指すべく展開するサイトである。

 初期画面はヤフーなどの低速アクセスを前提としたポータルのユーザー・インタフェースとそっくりである。しかし、画面上部に「Turn on higher-speed features」というボタンがあり、そこをクリックすると、実にビジュアルな画面に一変する(もちろん低速アクセスでは時間がかかるので、一変するような感じにはならない)。広告にはカラー写真が使われ、ニュースのリードは文字ではなくカラー画像だ。メディアプレーヤーをダウンロードすれば、ビデオ映像を楽しむこともできる。

 画面左側のメニューバーの中から、「Rich Media」を選んでみる。その下のメニューには、「Anima-tion」「Games」「Kids」「Learning」「Movies」「Music」「News & Media」「Sports」「Television」といったカテゴリーが並び、そのどれをクリックしても、ビデオ・クリップやオーディオ・クリップなどコンテンツが豊富に用意された高速アクセス・ユーザー向けサイトへのリンクが充実している。ポータルの完全マルチメディア版と思えばいい。

 低速アクセスだと、リンクに飛んでいくだけで、いちいち何10秒か待たなくてはならないから、試して価値を実感することすらほとんど不可能である。ブロードバンド体験は、二桁スピードが速いとはこういうことかを実感させてくれる。

 つまりこれから始まるのは、質の高いビデオ情報とオーディオ情報を盛り込むのが当たり前となった世界で、新しい顧客価値を創出するサービス競争なのである。

 低速アクセスを前提とした多くのサービス事業が興った95年から96年までを「第一期インターネットサービス・ゴールドラッシュ」と呼ぶとすれば、ブロードバンドを前提とした「第二期インターネットサービス・ゴールドラッシュ」がまさに始まろうとしているのだ。

 第一期がどちらかといえばベンチャー企業主導だったのに対して、第二期はコンテンツ情報を豊富に有するメディア企業も本気で参入してくる。

 ABCやESPNを傘下に持ち、インフォシークと共同でwww.go.comを展開するディズニー。

 ニュースサイトのnbc.com、cnbc.com、eコマースのXoom、ブロードバンド・ポータルを目指すスナップを統合し、別会社「NBCインターネット」を設立したNBC

 冒頭でも少し触れたが、ディレクTVらとの企業連合によるデジタル双方向放送サービス「AOL TV」を目指すAOL。

 ブロードバンドを前提としたサービスの草分けであるネット放送局ブロードキャスト・ドット・コムを61億ドルで4月に買収し、5月には大規模な音楽ラジオ局をネット上で開局したヤフー。

 96年のWebTV買収以来、じっくりと期が熟すのを待つマイクロソフト。

 こうした「ブロードバンドを前提とした新サービス」を指向する大企業群と「ブロードバンドの物理インフラを提供する」AT&Tのような大企業群とが合従連衡を続ける狭間に生まれる「第二期インターネットサービス・ゴールドラッシュ」にベンチャー企業群が群がっているのが、現在の産業の姿なのである。

編集注:NBCインターネットの各サイトは2000年9月にNBCi.comに統合された。

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