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メジャーリーグを楽しむための経済感覚と歴史感覚

2004年3月15日[プレジデント]より


 メジャーリーグを愛する者は、ポストシーズン終了(10月末)からスプリング・トレーニング開始(2月末)までの長い空白をどう過ごせばよいのだろう。そのあいだに、野球について読み、野球について考えることが、次シーズンをより豊穣なものとするのだ。「野球を読む二冊」として、マイケル・ルイス「Moneyball」とジョージ・ウィル「Men at Work」(邦訳「野球術」)を取り上げたい。

 ドジャーズがケビン・ブラウンと結んだ「7年・1億500万ドル」(1998年オフ)が皮切りとなった総額1億ドル以上の大型複数年契約ラッシュは、レンジャーズとアレックス・ロドリゲスとの「10年・2億5,200万ドル」(2000年オフ)で絶頂を迎えた。むろん米国バブル経済の副産物であった。

 今オフは、各チームともバブル期に結んだ契約の調整期にあたり、新しい大型複数年契約があまり進んでいない。そんな環境下でのイチロー「4年・4,400万ドル」と松井稼頭央「3年・2,010万ドル」は快挙だ。

 各チームのスーパースター偏重見直しは、チーム財政におけるバブル調整が主因であるが、「Money Ball」で描かれる斬新なチーム編成戦略の考え方がメジャー全体に少しずつ浸透してきた証とも言えるだろう。

 「Moneyball」の副題は「The Art of Winning an Unfair Game」。金持ち球団と貧乏球団の選手総年俸格差が拡大する中、貧乏球団はどんな戦略を取るべきなのか。00年から4年連続プレイオフ進出を果たした常勝貧乏球団オークランド・アスレチックスの秘密が本書のテーマである。

 素質抜群で将来を嘱望されながらも選手として大成できなかった苦い経験を持つ本書の主人公ビリー・ビーン(現オークランドGM)は、フロント入りしてまもなく過小評価されているマイナーリーガーの探索を命じられる。彼はインターネット世代の若きデータ・マニアたちの力も借りて、体格に優れなくとも意義深い数字(四球が多く出塁率が高い、ゴロを打たせる比率の高いなど)を残している選手などを、次々に発掘し開花させる。本書では、ビーンが自らの失敗経験も踏まえながら、運動能力・身体的素質への偏向が著しい野球界の迷信を一つ一つ崩していく様子が詳述されていく。

 今オフもオークランドは、クローザー未経験のアーサー・ローズ(マリナーズの佐々木への中継ぎ)と、クローザーとしての複数年契約「3年・920万ドル」を結んだが、選手の価値についての独自ビジョンを持ち、味のある選手補強を続けている。

 しかしオークランドは、プレイオフにまでは進出するものの、そこからはからっきしダメ。あと一勝すれば次に進める試合に、この4年間9連敗している。03年のプレイオフ(ボストン・レッドソックス戦)も、2勝したあと3連敗してしまった。162試合の長丁場を平均的に勝ち抜く力と、短期決戦の集中力とは相反するものなのだろうか。「Moneyball」に続編が書かれるとすれば、そこにこそ焦点が絞られるべきであろう。

 「Men at Work」は、熱狂的野球ファンで知られる政治コラムニスト、ジョージ・ウィル渾身の作品。トニー・ラルーサ(監督)、オレル・ハーシュハイザー(投手)、トニー・グイン(打者)、カル・リプケン(遊撃手)、4人の野球知性との対話を通して、野球の奥深さを凝視する一冊である。

 本書に一貫するウィルの思想は、神は細部に宿るということだ。選手たちは、一球ごとに無限に変化していく局面のそれぞれにおいて、異なる記憶を掘り起こし、新しい論理を組み立て、頭脳をフル回転させながら、四肢の筋肉を緊張させて、次に起こる事象に備える。静かに淡々と進んでいくゲームの背後に、大半は無駄に終わってしまう男たちの膨大な仕事(Men at Work)の集積がある。そんな野球の細部に宿る神を、ウィルはこれでもかこれでもかと克明に描きつつ、随所に野球についての至言を散りばめる。

 「見るスポーツとしての野球の最大の美点」は、フィールドで起こるすべてを「完璧に肉眼でとらえられる」こと。「だからこそ野球は、観客が細部や微妙なニュアンスに注意を向ければそれに応えてくれるスポーツとなりえた」わけで「野球を楽しむには、他のどんなスポーツよりも見識が要求される。野球を見る楽しみは、見る側の歴史感覚によって左右される。鍛えられた目には野球の美しさが見える」とウィルは強調する。

 90年に書かれた本書は、80年代後半の名監督、名コーチ、名選手たちの固有名詞で溢れているが、それでいてなお、再読すればそのたびに新しい発見がある。それは、4人の野球知性から「見ることの技」を授けられたウィルが「野球を楽しむには、野球の言葉を読むことがもとめられる」という自らの信念をこの一冊に昇華したからである。

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