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新刊書評 「ファンサイト・マーケティング」

2005年6月13日[プレジデント]より


 大企業とインターネットの親和性はおそろしく低い。それはインターネットの本質たる開放的な性質が、ありとあらゆる意味で、大企業に対するアンチテーゼとなっているからである。官僚的な大組織になればなるほど、情報のアクセス権をコントロールすることがパワーの維持に直結するから、インターネットの開放的性質を取り込んでしまっては、大組織が維持できなくなる。

 インターネットが一般に広く利用されるようになってそろそろ十年が経つ。その前半の五年間をプレバブル、後半の五年間をポストバブルと呼ぶことにすれば、「インターネットのインパクトを経営レベルで真剣に考えたのはプレバブルまで」という大企業が大半だ。ネットバブル崩壊をよいことに「インターネットの自らに対する影響は限定的」と結論づけ、目をつぶり、思考停止してしまった企業が本当に多い。特に重厚長大な企業ほど、エスタブリッシュメント企業ほど、その傾向が強い。

 同じ大企業でも、消費者相手の柔らかい大企業は違うのだな。そんなことを実感させてくれるのが本書である。ダスキン、ベネッセ、マツダ、ミズノ、無印良品、バンダイ、キリン。本書で詳述される各社のインターネット戦略は一読に値する。書名にもなっている「ファンサイト」という言葉を、著者・日野佳恵子はこう定義する。

 「企業が顧客や生活者とつながるためのサイト。(略) そのつながりが企業にとってはマーケティング機能になり、(略) 結果、いいものが提供できる企業になっていく。アクセスする側 にとっては、自分の思いや価値基準や使い勝手などを企業に伝えることで、いい商品・サービスを提供してもらえるという実感がある。だんだんその企業が身近に感じられて、ファンになっていく。そういうWin-winの関係が培われるサイト」

 ここだけを読めば「良い事尽くめ」。顧客指向を打ち出していない企業などないのだから、「我が社もやってみたらどうか」と短絡的に思う経営者も多かろう。しかし問題は、大企業が「インターネットの開放性」を受け入れられるかどうかなのだ。

 マツダが車種別のユーザー評価をネット上で広く公開していることについて、著者は「こうした公開型で批評・評価をさせているということが、大切だと思うのです。(略) 厳しい採点であっても、企業はそのまま隠さずに公表する」と評するが、大半の大企業はこれが怖くてできない。「こっそり教えてもらいたい」が本音だからだ。

 「しかし、ネットの本当のこわいところは、(略) 個人サイトやブログによって個人がコミュニティを持っていますから、水面下でそうしたクレームや評価は横に広がっていくということです。」

 全くその通りで、たとえば圧倒的な人気を誇る価格比較サイト、価格ドットコム(http://www.kakaku.com/)では、価格比較ばかりでなく、ありとあらゆる商品やサービスの問題点が、企業の意思とは無関係に、これでもかこれでもかと公開されており、若い世代の購買行動に多大な影響を及ぼしている。「そんなもの誰も見ていない」と目をつぶっているわけにはいかない時代になった。「インターネットの開放性」を受容し、その力で企業を変えていくことが今求められているのである。そんな問題意識を持つ企業人への入門書として本書を薦めたいと思う。

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