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新刊書評 「ネット副業の達人」

2005年8月15日[プレジデント]より


 情報技術(IT)は「次の十年」の社会をどう変えていくのか。そのことばかりをいつも考えている。「次の十年」に大変化を引き起こす「芽」はだいたい全部姿を見せている。知らず知らずのうちに私たちは、そのときどきの常識に支配されているから、そういう可能性の「芽」を、傍流で取るに足らない現象として見過ごしがちだ。むろん新しい事象の中には死んでいく「芽」も多いけれど、多くの「芽」を見つめ、その中から成長する「芽」を見極めていくことが「次の十年」を考えることなのである。

 私がいま最も注目している「次の十年」の大変化の「芽」は、「インターネット上にできた経済圏に依存して生計を立てる生き方」である。インターネット上に自分の分身(ウェブサイト)を作ると、リアルな自分が働き、遊び、眠る間も、その分身がネット上で稼いでくれるようになる世界。

「夫婦共働き(ダブル・インカム)」に代わって、「リアルで共働きは当たり前、それに加えて夫婦それぞれの分身がネット上で稼ぐクアドラプル(四カ所からの)インカムで、家計のポートフォリオを組む」時代がやってくるのではないか。

 本書は「インターネットを使った副業で本当に稼いだ20人の記録」である。「副業」という言葉からもわかるように、現代の常識はこの20人を傍流としてしか見ない。日本で最も先端的な生き方をしているにもかかわらずだ。益子焼和食器、ミャンマーの天然石、手作りの「犬服」を売るビジネスは、ネット販売と言うよりもプロデューサーと呼ぶべき性格の仕事だ。複雑化した現代社会を生き抜く知恵を集めた「裏技」、金持ちになるための情報、商品を動かすことなくこうした「情報そのもの」をビジネスにする人たち・・・。

 20人に共通するのは、好奇心旺盛で、常識に支配されずに自分の頭でモノを考え、行動力に溢れ、ネット上での開かれた対人能力を試行錯誤の中から身につけていることだ。

 検索エンジンや広告配信インフラの登場によって、リアル社会では結びつく可能性すらなかった個と個の間の微細な需給関係までをもきめ細かくマッチングできるようになった。それらが、小口決済インフラ、日本中に行き渡ったリサイクル・ショップや宅配便等のリアルなインフラとも結びつき、経済圏としての可能性は大きく広がった。たとえば「犬服」ビジネスでは個人が縫製工場へ企画を持ち込む事例が出てくるが、昔なら工場を作らなければ持てなかったような機能も、企業から簡単にアウトソースできる。こうした一連の変化によって、個人が不特定多数無限大の人々とつながるコストは限りなく小さくなり、元手(資本)がほんのわずかでも、何かを始めることができるようになったのだ。

 個人にある種の才覚とネット上での行動力さえあれば、リアル社会に依存せずとも、ネット上に生まれた十分大きな経済圏を泳ぐことで生きていける。本書が紹介する20人の先駆者たちが証明しているのは、そういうことだ。「ニート」だ「引きこもり」だと親が心配して騒いでいる間に、実は息子や娘たちがインターネット経済圏で両親の倍も三倍も稼いでいたなんて事例は、「次の十年」を待たずして続々と報告されることだろう。

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