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若い頭脳活用する環境つくれ

2002年5月10日[産経新聞「正論」欄]より

 トップクラスの若い頭脳が徹底的に競争する環境がアメリカにはある。大学受験で競争が終わるのではなく、研究やビジネスの第一線から離脱するまで、永久競争とも称すべき競争が繰り広げられる。そのプロセスは厳しいが、トップクラスの若者たちを強くたくましく育てる。

 大学院になれば奨学金制度もかなり充実してくる。さらに、外でアルバイトなどしなくてもいいように、勉強に集中していても生活できるだけの収入を得る道(授業のサポートなどのアルバイト)も、大学が色々と用意してくれる。才能の門戸は世界に開かれ、ある程度フェアな競争が担保されているため、大学院レベルの無国籍化が進んでいる。

 大学院を卒業すれば、外国人卒業生でも一年間有効のプラクティカル・トレーニング・ビザを受給できる。つまり、採用する企業側は就労ビザを申請しなくても、優秀な外国人卒業生を雇用できるわけだ。卒業生は、そのビザが有効な一年の間に、自らの才能や価値を認知させることで、就労ビザやグリーンカード(アメリカ永住権)の取得を雇用企業側に求めていくのである。

 私(四十一歳)と同世代、そして少し若い世代のインド系、中国系、東南アジア系の友人たちの多くは、本国での奨学金獲得競争に勝ち抜いて二十代でアメリカの大学院にやってきて、それからは前述したプロセスをそれぞれ経た上で、グリーンカードを取得し、アメリカに定住した。そして今はシリコンバレーで、技術者として、起業家として、ベンチャーキャピタリストとして、若いときから一時も休んだことのない永久競争を、相変わらず続けている。

 こうした卓抜した頭脳を持った移民の存在は、むろんアメリカ人にも大きな影響を与え、アメリカの先端技術開発やビジネス社会の強靭さを下支えしている。ここにアメリカという国のパワーの源泉がある。さらにいえば、こうした移民たちが出身国とネットワークで結びつくことによって、出身国の経済にも多大な影響を及ぼしている。

 日本にも、アメリカのこんな競争社会で十分に通用する頭脳を持った若者たちがたくさん居る。私はシリコンバレーで、ありとあらゆる国からやってきた若者たちと接する機会があるからこそ、そう断言できる。

 日本は、トップクラスの頭脳を持った一握りの若者たちが世界水準でどんなレベルに位置しているのか、といったことには無頓着である。その代わり平均値ばかりが俎上に乗せられ、学級崩壊や学力低下といった「日本社会の二極分化」を象徴する事実には、皆が注目して心配する。

 しかし、豊かでグローバル化した日本(たとえば海外駐在者が増えたため、英語をネイティブスピーカー並みに話す帰国子女も急増した)で、インターネットをはじめとする「知的情報空間」を当たり前のものとして育った若者たちの世界で、「トップクラスの連中の潜在能力は、上の世代よりもひょっとするとずいぶん高いのかもしれない」といった議論や問題提起はとんと聞かない。

 本当の問題は、そんなポテンシャルを持った優秀な若者たちが、日本では自らの潜在能力に気づかず、切磋琢磨の場も得られぬまま歳を重ね、結局は個人としての国際競争力を失っていってしまうところにある。

 また、そういう指摘が日本ではほとんど行われず、むしろ「今の若者たちはダメ」という議論ばかりが先行し「その解決策は教育改革を通した全体の底上げ」という発想がまかり通り続ける理由は、高齢化する日本社会において、高齢者層が自らの既得権益を保護するために、新しい変奏曲を無意識のうちに奏でているからなのではないか。

 日本がバブル崩壊以降ずっと苦しみ続けている間に、世界はずいぶん複雑になった。経済はグローバル化し、経営技術や金融工学も進化を遂げ、情報技術(IT)、バイオテクノロジー、マテリアルサイエンスといった先端科学技術は、長足の進歩・発展を続けている。

 この複雑化した世界の最先端を切り拓き、高い付加価値を創出していくために日本に今必要なのは、鍛え上げられた世界最高レベルの若い頭脳なのである。そんな潜在能力を持った若者たちを探し、刺激を与えてその才能を徹底的に伸ばし、そして社会の中で早くからきちんと活用していくことに、日本はもっと積極的にならなければならないのである。

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