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グーグルが切り拓くIT産業の新地平

2003年6月8日[産経新聞「正論」欄]より


日本が学ぶべき企業家精神の原点

10年周期で新時代が到来

 米国の情報技術(IT)産業には、およそ十年に一度、産業全体の位相を変えてしまうほどの深い意味を持つ企業が現れる。一九七一年、一九八四年、一九九四年に続き、二〇〇三年はどうやらそういう年になりそうな気配である。

 七一年、インテルは、巨大なコンピューターを一つの半導体チップ上で実現するマイクロプロセッサーという技術を開発して世に出した。

 八四年、アップルは、誰にでも簡単に取り扱えるマッキントッシュというパソコンを市場に送り出し、コンピューターは難しくて使えないという概念を一変させた。

 九四年、ネットスケープは、インターネットにつながる世界中すべてのコンピューター上の情報に、誰もが簡単にアクセスできるブラウザ(閲覧ソフト)を開発し、インターネット時代の扉を開く役割を果たした。

 インテル、アップル、ネットスケープは三社ともシリコンバレーで生まれたベンチャー。そして今再びシリコンバレーから、創造的破壊の種が植えつけられた。新時代を切り拓(ひら)く新主役の名を、グーグル(Google)という。

 グーグルは一九九八年にシリコンバレーで創業された。二人の創業者はスタンフォード大学の学生。インターネット上に散在する膨大な情報を検索するため斬新な方式を開発し、その能力をネット上に無償公開した。それから四年余。インターネットを駆使する人たちの間でグーグルを知らぬ者はいなくなった。何らかの情報をネット上で探すとき誰もがグーグルを使い、英語圏の一部では、Googleという言葉が「情報を探す」という意味の動詞としてさえ使われるようになった。

画期的な4つのポイント

 その過程でグーグルは「ある言葉を介して情報検索する人々に対して、その言葉にまつわる企業の広告を出すと従来メディア以上の大きな広告効果がある」ことを実証し、それを事業化した。未公開ながら二〇〇三年には数百億円規模の売り上げを達成する勢いである。地球上にある「言葉の組み合わせ」の数だけ、新しい事業を生み出すことができるかもしれないという可能性を垣間(かいま)見せている。

 グーグルが凡庸なベンチャーと違って輝いているのは、新しい時代を予感させる重要な何かをいくつも体現しているからである。

 第一に、前評判ばかり高かった割に実績が伴わずバブル崩壊を招いたネット事業の可能性を、改めて証明したという時代的意義である。

 第二に、初期ネット事業の失敗の多くが高コストのシステム開発に起因しているとの斬新な世界観から、膨大な中古部品を買い集め、手作りで巨大システムを構築し、ネット事業の経済性を一変させてしまったことである。

 第三に、株式公開がゴールといった初期ネット事業の浮ついた感覚を廃し、公開前に十分な利益を上げることに邁進(まいしん)して、高利益率事業を構築、いつでも公開できる要件を達成した今も、当面は未公開のまま事業拡大する方針を取っていることである。

 第四に、成功要因は「採用と技術」を標榜(ひょうぼう)し、最優秀な人材のみを選び抜いて採用。「社内には三人一組のチームがたくさん存在するだけで、管理職は不在、その代わり情報共有ツールだけは最先端システムを導入する」という見たこともないような組織原理を模索していることである。

時価評価額は1兆円近く

 グーグルがいま株式を公開すれば、その時価総額は一兆円近いと推定されている。富士通やNECといった日本を代表するIT企業とほぼ同じ額。グループ連結で十数万人の従業員を抱える大企業と同じ時価総額を、ほとんどが二十代、三十代の若者たちたった千人弱のグーグルが実現しようとしていることのインパクトは計り知れない。

 そんなグーグルの成功に刺激を受け、バブル崩壊前に百花燎乱(りょうらん)の如く現れバブル崩壊とともに忘れ去られたさまざまな事業コンセプトを再考して勝負する起業家たちが、後に続くことであろう。二〇〇一年から二〇〇二年という苦しい時期を耐えてきたIT産業に、再び面白い時代が到来しようとしているのだが、産業構造は激変するはずだ。歴史は繰り返すに違いないからである。

 いささか「正論」欄にはそぐわないテーマになってしまった。ただそれは、グーグルが象徴する「若い才能による創造的破壊、既存権威への挑戦、起業家精神」といった事象から最も強く刺激を受けるべきは日本なのだぞ、という私の強い思いゆえということで、お許しいただきたい。

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