ミューズアソシエイツのホームページへ パシフィカファンドのホームページへ JTPAのホームページへ 梅田望夫
the archive

オープンソース現象の新たな可能性

2003年9月19日[産経新聞「正論」欄]より


知的資源の自発的な結合を誘発

従来型の開発方式を覆す

 米マイクロソフトの基本ソフト(OS)「ウィンドウズ」に対抗する「リナックス」は、オープンソースと呼ばれる世にも不思議な方法で開発されたOSである。

 オープンソースとは、あるソフトウエアのソースコード(人が記述したソフトウエアの設計図)をネット上に無償で公開し、世界中の不特定多数の開発者が、自由にそのソフトウエア開発に参加できるようにすることで、大規模ソフトウエアを開発する方式のことである。「リナックス」の成功は、「企業組織の閉じた環境において厳正なプロジェクト管理のもとで開発されるもの」という大規模ソフトウエアの常識を完全に覆してしまったのである。

 「リナックス」の成功によって証明されたオープンソース現象の本質とは何か。それは第一に、「何か素晴らしい知的資産の種がネット上に無償で公開されると、世界中の知的リソースがその種の周囲に自発的に結び付くことがある」ということである。そして第二に、「モチベーションの高い優秀な才能が自発的に結びついた状態では、司令塔にあたる集権的リーダーシップが中央になくとも、解決すべき課題(たとえそれがどんな難題であれ)に関する情報が共有されるだけで、その課題が次々と解決されていくことがある」ということである。

 現代における最も複雑な構築物の一つである大規模ソフトウエアが、こんな不思議な原理原則に基づいて開発できるものなのだという発見は、単なるソフトウエア開発手法にとどまらないオープンソース現象の新しい可能性へと、私たちを導こうとしている。

高等教育受ける機会拡大

 昨年十月二十三日付の本欄でご紹介したが、講義内容すべてをネット上に無償公開する米マサチューセッツ工科大学(MIT)の巨大プロジェクト「オープンコースウエア」はその一例といえよう。二〇〇七年までに、学部と大学院課程全部を網羅した二千科目の教材が公開される計画であるが、そろそろ、その四分の一が完成しつつある。特に英語圏の発展途上国から、この試みは絶賛を集めており、さらにスペイン語化の企画も持ち上がり始めている。

 科目ごとに、講義摘要、必読書、講義で使うスライド、講義メモ、課題、試験と解答、科目によっては講義を録画した映像が無償公開され、世界中の誰もがインターネットへアクセスさえすれば、この教材を駆使して自由に好きなだけ勉強できるようになる。

 むろん講義内容だけが公開されても、世界の片隅に居て、たった一人黙々とネットに向かって独学するのは難しい。しかし今、「科目ごとの学習コミュニティーが世界中で自然発生する」という現象が、人気授業の周辺ではぽつぽつとだが生まれ始めている。

 その学習コミュニティーは当然ネットでつながってくるから、自分が悩んでいる個所を質問すれば瞬時にアドバイスが返ってきたり、課題プロジェクトに共同で取り組む仲間を見つけたりできるようになる。そんなコミュニティーが二千科目すべての周辺にいずれできあがれば、MITの教育が世界の高等教育におけるプラットホームとなるのではないか。

 こんなMIT「オープンコースウエア」構想は「素晴らしい知的資産を無償公開すると、世界中の知的リソースがその周囲に結び付く」というオープンソース現象の本質の第一点から、強く影響されてスタートしたものである。

企業経営でも先駆的試み

 一方、本年六月八日付の本欄では、シリコンバレーで最も有望視される「グーグル」という検索エンジン・ベンチャーが追求する組織原理もご紹介したが、これはオープンソース現象の新しい可能性のもう一つの実例として挙げることができる。

 グーグルは最優秀な人材のみを選び抜いて採用し、「社内には三人一組のチームがたくさん存在するだけで、管理職は不在、その代わり情報共有ツールだけは最先端システムを導入する」という見たこともないような組織原理を模索し、これを成功要因の一つだと標榜(ひょうぼう)している。

 この組織原理は、「強く動機付けされた優秀な才能の集まりを作って、きちんと情報を共有しさえすれば、自然に問題は解決していく」というオープンソース現象の本質の第二点を、現実の企業経営に応用しようとする先駆け的な試みであると言っていいだろう。

 インターネットは、われわれの社会の土台を揺るがすような変化の胎動を、水面下で引き起こし続けているのである。

ページ先頭へ
Home > The Archives > 産経新聞「正論」欄

© 2002 Umeda Mochio. All rights reserved.