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ネット上に増殖する「Blog」: 米大統領選にも影響及ぼす新現象に

2004年3月6日[産経新聞「正論」欄]より

 ≪世界に多い面白い人たち≫

 インターネット上でブログ(Blog)が増殖している。ブログとは日記風に書かれた個人のホームページのことであるが、その数が今年中に一千万を超える。ブログの語源はウェブログ(Weblog=ウェブの記録)で、個人が「ネット上で読んで面白かったサイトにリンクを張りつつ、その感想を記録する」ことをこう呼んだのがルーツである。

 ミクロに見れば「コロンブスの卵」のような凡庸な話だ。ではそれなのになぜブログが社会現象として注目されるようになったのか。理由は二つある。

 第一の理由は「量が質に転化した」ということだ。私自身、若い読者を想定して「英語で読むITトレンド」というブログ(http://blog.japan.cnet.com/umeda/)を毎日更新しており、そのために自分のテーストに合うブログをたくさん読む。それを続けて発見したのは、世の中には途方もない数の「これまでは言葉を発信してこなかった」面白い人たちが居るということだった。

 考えてみれば当たり前で、いろいろな職業について、独自の情報ソースと解釈スキームを持って第一線で仕事をしている人々が「私もやってみよう」とカジュアルに情報を発信し始めれば、それは新鮮で面白いに違いないのだ。ブログの総数が数万のときと数百万となった今とでは、質の高いブログのそろい方がぜんぜん違ってきている。

 ≪好循環もたらす意識変化≫

 しかし、ブログに限らずインターネット上のコンテンツは参入に制約がないから、総体としては「玉石混交」になる。それも石の比率が圧倒的に高いのが大問題。よって、読み手側で玉と石を選り分けられなければ、情報洪水の中でおぼれてしまうこと必定となる。ならばプロの手によってあらかじめ編集された新聞や雑誌をパッケージとしてまとめて読むほうが効率的だ。インターネットが登場して早くも十年になるが、ネットのインパクトがメディアにおいて限定的だったのは、この「玉石混交」問題ゆえであった。

 そしてブログが社会現象化した第二の理由とは、ネット上のコンテンツの本質とも言うべきこの「玉石混交」問題を解決する糸口が、情報技術の成熟によってもたらされつつあるという予感なのである。この本質的問題が解決されるのなら、潜在的書き手の意識も「書いてもどうせ誰の目にも触れないだろう」から「書けばきっと誰かにメッセージが届くはず」に変わる。そんな意識の変化がさらにブログの増殖をもたらす好循環を生み出しているのだ。

 ではその原因となる情報技術の成熟とは何か。一つはグーグルによって達成された検索エンジンの圧倒的進歩。もう一つはブログ周辺で生まれた自動編集技術である。

 グーグルの検索エンジンがおこなっているのは、知の世界の秩序の再編成である。すべての言語におけるすべての言葉の組み合わせに対して、それらに「最も適した情報」を対応させるのが検索エンジンだ。日々刻々と更新される世界中のウェブサイトの情報を自動的に取り込み解析し続けるために、グーグルの七万台ものコンピューターが三百六十五日、二十四時間体制で動き続けている。ちなみに、世界最高の検索技術を中核にすれば多様な新事業が生まれることを証明したグーグルは、今春予定される史上最大の株式公開で、時価総額が二兆円近くなるのではないかと噂されている。

 ≪ジャーナリズム機能の開放≫

 加えてブログ周辺には、グーグルほどスケールの大きなイノベーションではないものの、気に入ったブログの更新をウオッチする仕組み、ブログの個別の書き込みに対して読み手が意見や感想を書く仕組み、書き手と書き手のつながりが次々と発展していく仕組み、読み手の関心領域に近いブログを新たに発見する仕組みなど、広義の自動編集技術が日々進化を続けている。

 ブログとは「世の中で起きている事象に目をこらし、耳を澄ませ、意味づけて伝える」というジャーナリズムの本質的機能を実現する仕組みが、すべての人々に開放されたものととらえることができる。また人と人がネット上で知を創造する全く新しい枠組みが生まれつつあるのだ、と考えることもできる。

 ゆえにブログの増殖は、政治にも(米国大統領選挙の行方にも)、行政にも、メディアやジャーナリズムにも、企業経営にも、イノベーションや研究開発にも、教育にも、それぞれ大きな影響を及ぼす可能性を持った新しい社会現象といえるのである。

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