ミューズアソシエイツのホームページへ パシフィカファンドのホームページへ JTPAのホームページへ 梅田望夫
the archive

「可能性」より「利益」示す時
無料化、過当競争、疲弊、利益の出せる新しいモデル

2000年1月31日[日経産業新聞]より

 昨年末から今年にかけて、無料プロバイダー(ネット接続サービス)事業の話題が相次いでいる。

 九九年一二月十六日、Kマートがヤフーと提携してブルーライン・ドット・コムを設立。無料インターネット接続サービスをてこにeコマース事業を展開すると発表。

 二〇〇〇年一月三日、ベンチャー企業のブロード・バンド・グループは、通常なら月四十−五十ドルのDSL(デジタル加入者回線)高速インターネット接続サービスを無料にし、広告収入を事業の柱にしようともくろんでいる。

 その他にも、スタルニ(南カリフォルニア地域)、iNYC(ニューヨーク地域)などのベンチャー企業も、DSL高速インターネット接続サービスを無料にして、何か別なところに収入源を求めようとしている。

 無料プロバイダーとして先行するネットゼロ(加入者数二百五十万人、広告収入モデル)、フリーアイ・ネットワークス(加入者数百万人、広告収入モデル)らを追う動きが、eコマース産業における新旧融合の構図や、これから立ち上がるブロードバンド(高速インターネット)の世界に登場してきたのである。

 何を無料にして何を有料にするのか、顧客獲得のために何は無料にして良くて、何を絶対に無料にしていけないのか。これこそがネット・ビジネスの基本戦略であるにもかかわらず、その正解はまだ世界中の誰も持っていない。

 なんでもかんでも無料になれば、顧客は増える。顧客にとっては大喜びだが、提供者側は新しい収入源を見つけなければ疲弊する。

 歴史的に見て、インターネットの第一のキラーアプリケーションは「ブラウジング」だった。

 インターネット時代以前には、「ブラウジング」というキラーアプリケーションを動かすために必要な要素は、すべて自分で自分で買い揃えるのがあたりまえだった。高価なパソコンとアプリケーション用ソフトウェアを買い、プロバイダーに月額いくらかを払ってやっと「ブラウジング」できるというのが産業の常識だった。

 しかし、現実には「無料化競争」という「パンドラの箱」を開いたために、まずアプリケーション用ソフトウェアである「ブラウザー」は、マイクロソフト対ネットスケープの死闘を引き起こした。ネットスケープはAOLの買収によって消滅、マイクロソフトは独禁法違反で提訴され疲弊した。

 次にパソコン。デルの登場ですでに消耗戦に入っていたパソコン産業は、「パソコン無料配布」という事業モデルの登場によって、九八年から九十九年にかけて、さらに劇手中確定化に見舞われてしまった。「パソコン無料配布」の事業モデルが必ずしも成功しているとは言えないが、「無料化競争」が引き起こした結果は、「ほぼ無料といってもいいほど薄いマージンが製造原価に載った」低価格パソコンの登場とパソコン産業の疲弊だった。

 そしてこのたびの無料プロバイダーである。プロバイダー事業の消耗戦がまさに始まろうとしている。

 キラー・アプリケーションが生まれれば、その構成要素だけでかなり大きな市場が生まれるのが産業の常識だったが、新しく生まれるはずだった「ブラウジング」市場の大半は、無料化競争の果てに、極端に言えば「焼き払われて」しまい、代わりに生まれたのは膨大なネットユーザーという「将来の可能性」だけだったとも言えるのだ。

 そしてその「将来の可能性」である「新しい顧客層」にとっての第二のキラーアプリケーションは、eコマースである。

 九八年末のホリデイシーズン(感謝祭からクリスマスまで)は、「普通の人々がありとあらゆる商品を、気軽にネットで買うのが常識」となる近未来を強く印象つけた意味で、「eクリスマス」と命名された。九九年末の「二回目のeクリスマス」は、九八年を大きく上回る売上数字(六十億ドルから九十億ドル程度)を示し、eコマースはわれわれの生活により密着した存在となった。

 しかし「ブラウジング」に続くキラーアプリケーション「eコマース」にも「無料化の嵐」が吹き荒れた結果、この「二回目の」は「利益亡き繁忙のeクリスマス」として記憶されることになるだろう。

 無料化競争をeコマースに最初に持ち込んだのはバイ・ドット・コムだった。卸業者から仕入れる値段で顧客に商品を売る事業もモデル(広告収入モデル)は「マージンの無料化」に他ならない。同社の登場以来、eコマース業者の値引き競争や過剰な広告宣伝競争が激化し、「eクリスマスにおける過当競争」が引き起こされた。

 さらに今、無料化の波がまだ押し寄せいなかった最後の砦も言うべき「送料」についても、無料にしたほうがいいのではないかと考える企業が現れつつある。「マージン無料プラス送料無料」の新しいモデルを引っさげた企業が登場するのかもしれない。

 気になるのは「無料化」の代償の収入源として、誰もが安易に口にするのが広告収入であることだ。広告産業の規模は巨大だとはいえ、無限ではない。

 無料化競争で顧客を増やす。そして顧客のネット活用が進めば新しい大きな事業機会が創出されるはず。よしんばここまでの論理の正当性は認めるにしても、そろそろ本格的に「恒常的に利益の出せる」事業モデルを生み出す「知恵」が求められている。そしてその事業モデルは、競争の果てにも疲弊しない力強く創造的なければならない。

ページ先頭へ
Home > The Archives > 日経産業新聞

© 2002 Umeda Mochio. All rights reserved.