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シスコ、買収続け急成長
人材流出、理念で防ぐ 企業文化など具体的提示

1997年11月18日[日経産業新聞]より

 ベンチャーという言葉よりスタートアップという言葉を、ここシリコンバレーではよく使う。スタートアップというのは生まれたばかりのベンチャー企業のことである。

スタートアップ異変
 およそ東京都の大きさほどのシリコンバレーに、現在、約7千社のハイテク企業がひしめいているが、その多くはスタートアップである。一攫千金を夢見て会社を興し、株式公開(IPO、イニシャル・パブリック・オファリング)を目指して全力疾走し、公開で得た資金で更なる成長を目指す。これがスタートアップの本筋である。

 そこに異変が起きている。株式公開よりもっと早く、製品を市場に投入する前に、自社を大手企業に超高値で売却してしまうスタートアップが増えてきたのである。この異変の仕掛け人はインターネット時代の寵児(ちょうじ)、ネットワーキング最大手のシスコ・システムズである。

 シスコ・システムズはインターネット・インフラ需要の急増に伴い、この3年間で売り意上げ高を約5倍(97年度で64億4千万ドル)、企業価値を約8倍(同515億8千万ドル)に伸ばすという驚異的な急成長を果たした。数1000億円の売上高と数兆円の企業価値を、たったこの3年間で積み増してしまったのである。

 この急成長の秘密にスタートアップ買収戦略がある。インターネット時代の幕開け寸前の1993年から現在に至るまで、シスコは約23億ドルの資金を投じて、計18社のスタートアップを買収。最近は、2、3ヶ月に1社のスピードで買収を続ける。技術革新が急速に進む中、豊富な製品をそろえて顧客企業に売り込むためには、すべての製品の自社開発は不可能と割り切り、製品群の約3割を買収によって調達する戦略である。

報酬施策きめ細かく
 「シリコンバレーのスタートアップを買収したところで、優秀な技術者たちが辞めて独立し、ベンチャーキャピタルから資金を調達して自分の会社を始めてしまったら、後はもぬけの殻になってしまう。だからスタートアップの買収はなかなか成功しない」

 シリコンバレーのこんな常識に挑んだシスコの成功の秘訣(ひけつ)は、買収後のマネジメントにある。ポイントは徒手空拳のスタートアップには不可能なレベルの「事業の巨大化を迅速に志向する意志」と、優秀な個人一人ひとりに対する「シスコに残ってもらうためのきめ細かな人事・報酬施策」にある。

 シスコは、あと6ヶ月から12ヶ月で市場が立ち上がりそうな分野の製品を持つスタートアップを買収する。そして、シスコの持つ資金力、販売チャネル、生産設備をフルに生かして、市場が立ち上がると同時に、一気に大きな事業を作り上げてしまう。たとえば、1993年に初めて買収したスタートアップの製品を、シスコは18ヶ月のうちに5億ドルの大企業に育て上げた。

 ここに端を発する「急成長のマネジメント」に対する自信が、買収候補のスタートアップに対して「うちに来ればもっと大きなことが成し遂げられるはずだ」という強い説得力を生む。そしてそれが「画期的製品を開発して世界に普及させたい」という技術者の思いを刺激するのである。

普遍的な経営戦略に
 同時に「人材獲得が買収の目的」と言い切り「どんな企業カルチャーを目指し、何をオファーすれば、優秀な個人一人ひとりが、、シスコに残って全力で走り続けてくれるのだろう」という問いをCEO(最高経営責任者)自らが最優先事項に置いている。

 シスコの「スタートアップ買収による成長戦略」は、「大企業はベンチャー企業といかに闘うか」というテーマに一つの解を禁じたとはいえ、ハイテク産業界における普遍的な経営戦略となりつつある。

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