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AOL、こだわりで成長

1999年1月25日[日経産業新聞]より

 ホリデーシーズン(感謝祭からクリスマスまで)を挟んだここニカ月で、インターネット産業はまたぐっと大きく動いた。

 感謝祭休暇直前の11月24日、アメリカ・オンライン(AOL)がネットスケープ・コミュニケーションズを総額42億ドルで買収すると発表した。

 新年早々の1月4日、AOLは同社ユーザーのホリデーシーズン期間中(6週間)のeコマース(ネット通販)が総額12億ドルに到達したと発表。約1500万人の同社ユーザーが、ネット上で一人平均80ドルの買い物をした計算になる。買い物をしなかった人も含めた平均値で80ドルを超すというのは、かなりの額の買い物をしたヘビーユーザーが多数存在することを意昧している。

 現在調査会社各社がホリデーシーズンのeコマース総額を推定中だが、想像するに約40億ドルから50億ドル規模の商取引が、ほんの6週間の間にネット上で発生したと考えられる。間違いなく1998年は「米国でeコマースが市場離陸した年」だったといえる。

 「eコマース本格的市場離陸」を受けて、年が明けてからの株式市場では、アマゾン・ドット・コムをはじめとするネット企業の株式が急騰を続けている。

 ネットスケープ、ヤフー、アマゾン・ドット・コムに代表されるネット企業の設立がインターネット・ゴールドラッシュ期(1994 - 95年)に集中しているのに対して、AOLの創立は1985年5月と決して新しくない。1985年といえは、まだパソコン(PC)産業の草創期、マイクロソフトも株式公開しておらず、まだPCをコミユニケーションの道具に使おうという段楷にはなかった。

 以来、すでに13年8ヵ月が経過したわけだが、AOLのすごみは、この長きにわたって、「たった一つのこと」をわき目もふらずに続けてきたことだ。

 「コンシューマー(消費者=PCの素人)でも使えるシンプルなオンラインサ−ピスを提供し続け、顧客を増やしていくこと」

 これがAOLにとっての「たった一つのこと」だ。この13年8ヵ月の間PC産業の興隆があり、インターネット革命が起こった。たくさんの新しい事業機会が目の前を通り過ぎていく中、何度かの経営危機にも直面し、いくつかの買収オファーも断り、自らが選んだ「たった一つのこと」を信じて、その実現にひたすらまい進した起業家が、ステイーブ・ケース氏(AOL社CEO=最高経営責任者)なのである。

 新産業を創出してその産業の覇者になるほどスケールの大きい起業家は皆、それぞれの信ずる「たった一つのこと」にかけた途方もなく長い年月を過ごしている。次から次へと新しくて面白そうな機会に飛び付く起業家では、小さな成功を収めることはできても新事業の覇者にはなれない。

 今から約5年前の94年3月、エスター・ダイソン女史(「未来地球からのメール」の著者でニューズレター発行人)が主宰する「PCフォーラム」という会議で、私はステイーブ・ケース氏に一度会ったことがある。インターネットの足音は聞こえていたが、まだ新事業が生まれる前の混とんとした時期に、産業の将来像を議論するのが目的の会議だった。その議事録記録が今、手元にある。

 インターネット時代にはオンラインサービスが廃れてしまう可能性を問われたケース氏は、「最大の事業機会は、多様なサービスを手ごろな値段でシンプルにパッケージするところにある」と答えている。その会議の期間中、彼はシンプルであることの重要性を強調し続け、反論するインターネット寄りの論者に対して、「君たちはコンシューマーというものを全く理解していない」と応じた。以来、彼の主張は全く変わらない。

 98年になって、米国ではPCの家庭への普及率が50%を超え、テレビを見ている時間よりもネット上で過ごす時間の方が長いという人が増え、ごく普通の人がごく普通の品物をネット上で買い物する時代がやってきた。

 AOLがこだわり続けてきた「コンシューマー」が、インターネット産業の主役になる時代がとうとうやってきたのだ。それを象徴するのが顧客志向企業AOLによる技術志向企業ネットスケープの買収だったのである。

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