ミューズアソシエイツのホームページへ パシフィカファンドのホームページへ JTPAのホームページへ 梅田望夫
the archive

リコー、無償公開へ挑戦

1999年3月21日[日経産業新聞]より

 フリーソフトウェアではなくてオープンソースという言葉が使われ始めたのは ちょうど1年前。ネットスケープによるコミュニケーターのソース公開(98年3月)と相前後した時期からだった。

 それから1年。オープンソースと無償OS「Linux」は一躍、情報技術化産業のメジャーストリームに躍り出ることになった。

 ちなみにオープンソースとは、あるソフトのソースコード(プログラマーが書いたプログラムそのもの)をインターネット上に公開し、だれもが自由に改良したり、機能強化することを許す枠組みを用意して、世界中に散在する優れたプログラマーの力を結集するソフト開発方式である。

 Linux創始者のリーナス・トーパルズは今やもう、「時の人」。Linuxをパッケージ化・販売・サポートする事業を展開するレッドハットには昨年9月にインテル、ネットスケープが、今年3月に入ってからもIBM、オラクル、コンパック、ノベルが資本参加を発表した。

 IBM、デル、HPといった大手パソコンメーカーは、Linux標準搭載パソコンを市場に投入する。


 Linux周辺のオープンソース型プロジェクトも次々と注目を集め始めている。Gnomeは、Linuxにウィンドウズやマッキントッシュと同様の使いやすいユーザー・インターフェイスを与えるものとして今後脚光を浴びることになるだろう。

 Wineの完成度はまだまだ低いが、ウィンドウズ上で動くアプリケーションソフトをLinux上で動かしてしまうエミュレーターがこのプロジェクトから生まれれば、マイクロソフトへの衝撃度はさらに大きくなることだろう。

 オープンソース型プロジェクトというのは、企業のソフト開発プロジェクトと真っ向から対立する概念である。だから、独自開発したソフトのソースコード(企業の知的財産そのもの)を、企業が無償公開してオープンソース型プロジェクトを立ち上げる例は数少ない。LinuxもGnomeもWineも、皆、草の根的発生過程をたどっており、企業の関与は全くない

 しかし、オープンソース型プロジェクトの優位性がこれだけ明確になってくると、企業側もソフト開発の考え方を大転回しなければならなくなる。事実上の標準を提案して新しい市場を創造するには、巨額の開発費をかけたソフトのソースコードを開発し、それを核にしてオープンソース型プロジェクトを主導していくことを、企業はこれから考えていかなければいけない。

 情報技術産業において「筋がよくてざん新だが、まだ成功例がない」戦略について議論するとき、これまでは必すといっていいほど米国企業が主役で、日本企業が登場することはめったになかった。

 しかし、今回はちょっと逢う。3月上旬にシリコンバレーで開催されたLinux Worldコンファレンスにおいて、地味だが、玄人受けするオープンソース型プロジェクトを日本企業が発表したからだ。


 主役はリコーである。

 3月4日、リコーは同社のシリコンバレー拠点を中心に開発した「ウェブベース文書管理システムのプラットフォーム・PIA」をネット上で無償公開し、オープンソース型プロジェクトをスタートさせた。

 リコー・シリコンバレーCEO(最高経営責任者)のピーター・ハート博士は次のように語る。

 「PIAはかなりの開発費をかけて独自開発を進めてきたソフトだが、無償公開し、オープンソース型プロジェクトに切り替えることで、全く新しい進化の道をたどることになるだろう。オフィス内文書処理に興味を持つ世界中の不特定多数・多種多様なプログラマーの力を結集することで、顧客にとってより価値のあるソフトが開発されるに違いない。その新しいプラットホーム環境下で新しいタイプのハードウェア事業機会が生まれれば、それは素晴らしいことだ。リコーは競合メーカーとフェアな競争をして、その市場で勝ち抜けばいい。それがこれからの新しい競争のやり方である。」

 まるで米国企業CEOのコメントのようである。旧来の日本企業の発想からは生まれないシリコンバレー流の経営観がきちんと反映されている。

 もちろんオープンソース型プロジェクトにしたからといってPIAが成功する保証はないし、その結果としてリコーが新事業を創造して大きな利益を生み出すことができるか、と言えば、それも全くわからない。すべてはこれからの戦略とその執行にかかってくる。

 しかし、少なくとも指摘できることは「筋がよくてざん新だが、まだ成功例がない」試みを、米国企業に先駆けて意思決定できる経営体質を持つことの大切さである。こうした経営体質を、日本企業が持つことはとても難しい。しかし、激震が続く情報技術産業を生き抜いていくうえでどうしても身につけていかなければならない、絶対不可欠な要素なのである。

ページ先頭へ
Home > The Archives > 日経産業新聞

© 2002 Umeda Mochio. All rights reserved.