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インテル・NECの挑戦

1999年11月14日[日経産業新聞]より

 「とにかく何でもいいから、新事業を作れ」

 まるで日本企業のトップから経営企画部門へ出された指示のように、そのミッションは茫漠(ぼうばく)としていたそうだ。

 舞台は約1年前のインテル。「やってはいけない」と制約を受けた新事業は、本業の顧客(パソコンメーカー)と直接競争する「インテル・ブランドのパソコン事業」と、あまりに本業からかけ離れた「情報技術と何の関係もない事業」だったという。

 そんなミッションから生み落とされたのが、ウェブ・ホスティング事業。半導体とはかけ離れたインターネット・サービスである。インテル創業から31年目にして初めての「異なるビジネスモデルの新事業への本格参入」だ。

 すでに1億5千万ドル投資して、シリコンバレーに巨大データセンターを構築。来年までの予定投資額は10億ドルとスケールも半端ではない。

 インテルの新事業構想チームが「何でもいいから新事業を」とトップから問われ、苦悩の時を過ごしたことは想像に難くない。「シリコンバレーの主」として、すでに300社近くのベンチャー企業に投資してきたインテルは、新事業構築におけるベンチャー企業の優位性を知り尽くしているからだ。

 結局インテルがウェブ・ホスティング事業を選択したのは、次の三つの理由からだと想像される。

 (1)「百年に一度」のインターネット革命の本流に位置付けられる大型事業(2003年の米国市場規模は百億ドル以上との予想もある)であること。

 (2) 本業の半導体事業が最先端向上への巨額投資を必要とするのと同様、ウェブ・ホスティング事業も最先端データセンターへの巨額投資を必要とする投資集約型事業で、大企業の強みが発揮できること。

 (3) 半導体事業が、コンパック、デルといったPCメーカーの後ろに控える「黒子」的役割を果たす存在であること。
 米国情報技術企業の経営は、顧客を中心に据えた総合的事業展開を目指すか、コア技術や専門事業領域や固有のビジネスモデルにフォーカスした専門特化型事業展開を目指すか、そのいずれかが常識である。

 インテルがあえてこの常識に挑んで、半導体からインターネット・サービスへ、時代の大波に乗る形でその活動範囲を広げようとしてることについては、シリコンバレーでも賛否両論が渦巻いている。

 このインテルのウェブ・ホスティング新事業部門と機敏に戦略的提携を結んだのが「ネット事業への集中」を標榜する西垣新体制のNECである。

 インテルとNECの戦略提携と聞けば100人中99人までが半導体かパソコンをイメージするためなのか、あるいは日本ではまだインターネット・インフラを提供するサービスの認知度の低いせいなのか、提携内容がいまだに曖昧(あいまい)だったせいなのか、九月末に発表されたこの戦略提携は、それほど大きな関心を集めなかったようだ。

 しかし、リストラや「負の遺産」処理ばかりスポットライトが当たる昨今のNECにとって、この提携は「ネット事業への集中」で一歩先を行くライバル・富士通を追い上げる「起死回生の一手」となる可能性を秘めている。

 それはインテルのウェブ・ホスティング新事業が米国で進行中の「コンピューティング・アーキテクチャー・レベルでの激変」真っただ中の事業であるからだ。つまり、日本でのネット需要の遅れゆえに「NECを含む日本企業がまだ日本市場では現実に経験することのできていない最先端の戦略技術」を米国市場でのウェブ・ホスティング事業が内包しているからだ。

 コンピューター産業においては、「その時代の底流にあるコンピューティング・アーキテクチャーがどんな姿をしているか」が決定的な意味を持っている。

 現在米国で進行中の「コンピューティング・アーキテクチャー・レベルでの激変」とは、「パソコン中心の分散処理の流れ」から「巨大ウェブサイト中心の集中処理の流れ」への回帰である。

 回帰という言い方をすると技術的に簡単であるかのような響きがあるが、全くそんなことはない。データセンターという懐かしい言葉も、メーンフレーム時代以来久しぶりに脚光を浴びているわけだが、言葉の響きだけから「成熟技術で構築できる簡単な代物」と思ってはいけないのだ。

 「まだ日本市場では現実に経験することのできていない最先端の戦略技術」とは、複雑で巨大なウェブサイトを実現するための「新時代の集中処理」技術のことである。

 メーンフレームを使わず、すべてオープン系技術の組み合わせで構築する高性能・高信頼性システム。しかもそのシステムをネット需要の伸びに伴って、どんどんスケールアップしていかなければならない。それも信頼性という面からはいささか脆弱(ぜいじゃく)なインターネット関連標準技術をベースに、極めて強固なシステムを構築するという「新時代の要請」にこたえる挑戦なのである。

 NECの提携戦略がネット時代の「起死回生の一手」となるか否かは、「インテルのウェブ・ホスティング新事業が成功するか否か」という不確実性もさることながら、NEC自身がこの「時代の転換点」を戦略技術という視点からどれだけ意識し、どれだけ戦略的にこの提携を位置付けられるかにかかっているのである。

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