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IT産業から「夢とロマン」を奪おうと目論むデル

2001年7月16日[BizTech eBiziness]より

 90年代後半からのIT産業においてデルコンピュータ(以下デル)が果たした歴史的役割は実に大きかった。しかし21世紀に突入した今、デルの思想の意義は、すべての産業におけるIT化のモデルという意味でも、ますます深まるばかりである。

 私は約3年半前(98年初め)に、「米国PC産業の新潮流」という文章を書いたが、当時、デルという会社を調べていて、戦慄にも似た不思議な感情で胸がいっぱいになったことをよく覚えている。

 「この会社にはIT企業特有の夢とロマンが全くないぞ」そんな戦慄だった。しかも半端ではなかった。いやもっと言えば、IT産業特有のロマンをあえて憎んでいるかのようでもあった。

 5月29日の日経新聞「地球回覧」というコラムで、米州総局の西条都夫記者が「デルとアップルの論争」という文章を書いているが、「夢とロマン」という意味で、デルとアップルほど対極に位置する企業はない。

 『デルの強みは徹底した効率追求、つまり「オペレーション・エクセレンス」にある。デルの成功は製品がずば抜けて優秀だからではなく、ネットを駆使した効率調達や中間流通を排した直販などコストの優位が原動力だ。』(同コラムより)

 この「徹底した効率追求」が半端ではない上、「夢やロマンの香りを少しでも持っているハイテク企業など地球上から消え去ってもらって構わない」とでも信じているかのごとく狂暴に、競争企業に対して価格競争を仕掛けていくのである。

 『デル会長は最近の講演で「パソコンの値下がりにライバルは恐慌をきたしているが、我が社には絶好のチャンス」と宣言した。たとえパソコンの値段が一日一%下がっても、一日二%のコスト減を実現すれば、利益もシェアも増大する。「デフレは恐るるに足らず」というわけだ。』(同コラムより)

 「ハイテク市場縮小の連鎖」が世界中で始まった2001年第1四半期(1-3月)に、こうした思想のもと、デルはさらなる価格破壊を仕掛け、さらにストレージ市場への参入も発表した。

 日経産業新聞のインタビュー(5月18日)に答えてマイケル・デル会長は次のように語っている。

 『十年前から各社はデルモデルを模倣したSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)を構築したが、すべて失敗した。それだけデルモデルが優れている証拠だ。オンライン比率が五割を超えるなどネット時代でデルモデルはさらに進化する。パソコンで成功したデルモデルを武器にストレージ市場でもシェアを伸ばす』

 デルとデルモデルを模倣する競合メーカーのギリギリのところでの違いは、IT産業特有の「夢やロマンの香り」を排除して合理性を追求する度合いにおいてデルが発揮する異常なまでの執念である。少し情緒的な言い方になって恐縮だが、オリジナルと模倣の違いはこんな紙一重のところに現れてくるものだと思う。

 私はそんな感覚を表現するために、昨年10月の「日経ビジネス」視点欄「"米企業のIT化進めた新しい経営観"」という文章の中で、

 『デルという企業の姿は、いずれ1個の巨大システムと化してしまうのかもしれず、人が働く環境という意味では、無味乾燥な印象を否めない。』

と書いた。実はこの「無味乾燥」という言葉の代わりに草稿段階では「殺伐」という言葉を使った。しかし編集部から「無味乾燥」のほうが柔らかくていいのではないかと指摘されてそう修正したのだが、今になって頭を整理すれば、「殺伐」という言葉を使うことで、私は、「IT産業の夢やロマン」に対してデルが抱く「憎悪の感情」のようなものを表現したかったのだ。

 前々回の本欄「アンディ・グローブによる足掛け8年の総括(前編)」の中でも触れたが、今、米国では、デルの思想こそが米国のすべての産業におけるIT化のモデルだという気分が溢れつつある。

 ところで、MIT(マサチューセッツ工科大学)が発行している「テクノロジー・レビュー」という隔月刊雑誌の最新号に、デル創業者でCEOのマイケル・デルの長時間インタビューが載っているので、興味のある読者の方は、是非読んでみてほしい。マイケル・デルの「インターネット観」「R&D観」などがよくわかって面白い。

 また、このインタビューのサブタイトルがなかなか秀逸である

 「At 19, he revolutionized the selling of PCs. AT 36 he's ready to take on HP, Sun, EMC and Cisco.」
 (19歳で彼はPCの販売を革命。36歳の今、HP、Sun、 EMC、Ciscoに照準を定めた。)

 マイケル・デルは、ビル・ゲイツ(マイクロソフト)やラリー・エリソン(オラクル)やスティーブ・ジョブズ(アップル)と同世代と思いきや、PC産業への参入つまりスタートが少し遅く(1984年)、そのときにとても若かった(19歳)から、まだ36歳。創業経営者として脂が乗り切った年代なのである(ちょうど10年前のゲイツやエリソンやジョブズのイメージ)。

 その彼が、デルモデルを引っさげて、サーバー市場、ストレージ市場、通信機器市場を席捲しようとする強い意志とエネルギーが、このサブタイトルの中に凝縮されている。

 そして最後にもう一つ、興味がある読者の方には、「eCompany NOW」という雑誌の最新号に掲載された「Automate or Die」という記事を推薦しておくことにしよう。

 「大企業のIT化」を考えていく上での原点には、好むと好まざるとに関わらず、やはりデルという会社の経営モデルが存在することは間違いないのである。

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